耐火建築について
かつて火災によって全崩壊した超高層ビルはない
― スティーブン=E=ジョーンズ
ツインタワーや WTC7 の倒壊に関して、「これまで火災で倒壊した高層ビルはないのに、これらが倒壊したのは不思議だ」という声があります。これは、一種のトリックです。言っている人々は無意識なのかも知れませんが、結果的にはトリックであり、インチキです。
現在、高層ビルというのは言うまでもなく「耐火建築」です。「耐火建築」とはどういうものか、手軽に調べるには、公共図書館で百科事典を調べてみることです。たとえば、平凡社の世界大百科事典(1988年、第16巻、p541、執筆者:辻本誠氏)。火災による鉄構造のビルの崩壊に直接関係ある事柄について、およそ次のようなことが書いてあります。強調は引用者が付けました。
耐火性能をもつ構造部材としては、鉄筋コンクリート、煉瓦、石、ブロックおよび耐火被覆された鉄骨がある。
19世紀後半、アメリカの各地で起こった都市火災で鉄骨造の建物がいくつも崩壊したたため、他の構造部材と異なり、鉄骨造の建物に耐火被覆の必要性が認識された。
- J=K=フライターグらがこの火災被害について統計資料をもとに耐火処理の細目を示した。
鉄筋コンクリートは、建物の荷重を支えるための仕様がそのままで必要とされる耐火性能をほぼ満足するため、耐火性能が問題となることはなかった。
(ただし鉄筋が表面から浅い位置にあれば影響は受けるので建築基準法施行令に規定がある)- 崩壊を避けるには、火災の中で鋼材にかかる荷重が、その温度のときの鋼材の強度を超えないことが必要だから、鋼材の温度の上限について、
被覆された鉄骨造の場合には、柱、はりの平均温度の上限は350度Cである(鋼材では、温度が300度Cを超えると強度が著しく低下する)。
などの規定がある。
注: J=K=フライターグ、Freitag
この記述から、高層建築が鉄骨造の場合、耐火被覆が不十分であれば、建物が崩壊、倒壊する可能性があることは容易に想像できます。重力による荷重は、19世紀後半の低層建築より高層建築の方がはるかに大きいはずです。また費用の点から鋼材自体の太さなどに余裕が少ない可能性さえあります。
同事典の1966年版(第14巻、p93、執筆者:和泉正哲氏)には、ふつう耐火建築と考えられているものは、鉄筋(鉄骨)コンクリート造、れんが造、石造、ブロック造で、被覆のない鉄構造はふつうこれに属さない。
とより明確に書かれています。
確かに超高層建築で火災だけで倒壊した例はないようです。しかし初期の鉄骨造のビルディングでは実際に倒壊や崩壊が起きていて、耐火被覆が工夫された結果、より高層の建築に鉄骨造が利用できるようになったというのが歴史的な流れです。耐火被覆が不十分であれば、高層建築でも倒壊や崩壊をする可能性はあるといえます。ツインタワーでは、特に床構造のトラス部分の耐火被覆が適切であったか否かについて疑問があったし、旅客機の衝突による衝撃で耐火被覆が剥離した可能性も大きいです。旅客機の衝突後は、すでに耐火建築としての機能は期待できなかったといえるでしょう。
1880年台に、耐火性を持たせた鉄骨骨組み構造の高層ビルを完成させたのは、1871年に大規模な火災を経験したシカゴの建築家といわれます。しかし、ニューヨークでも、1870年にはイクイタブル生命保険ビル、1875年にはトリビューンビルが建てられました。(参考: 小林克弘『ニューヨーク 摩天楼都市の建築を辿る』丸善、1999年、p51-54)
しかし、イクイタブル生命保険ビルは、1912年の1月の火災で、耐火が施されていたにも関わらず倒壊しました。
この災害の代償は3人の市民、1名の地下の住人、そして2人の消防局のメンバーであった。この火災からの最も大きな教訓の一つは、当時の耐火建築の構造部材の耐火方法が役に立たないことがわかったことであった。それより前のパーカー=ビルの教訓が無視されていた。この時代、技術者と建築家は、多くの大きな建物の荷重を支える部材としてキャスト=アイロン(鋳鉄)を指定していた。それらの部材が、火の影響で弱められることから守るために、部材は中空の煉瓦によって囲まれていた。これらは機能しなかった。これらの火災を受けて、構造部材の耐火の改良が発展した。
("Fire Disasters: What Have We Learned? , By Francis L. Brannigan, SPFE and Harry R. Carter, Ph.D.") (web.archive.org のキャッシュ= 2010/04/11 追加)
なお、ニューヨークのソーホー地区には50棟以上のキャストアイロン=ビルと呼ばれる鋳物の鉄で作られたビルが残っています。これは、19世紀の30年台から40年台に起きた大火災と、人口の急増に伴う需要から、石造より、工期が短く、費用も安いことから受け入れられました。ニューヨークに限らず全米各地で多く建てられました。しかし、鉄がむき出しになっているために火事に弱いという欠点を持っていたので1880年台以降は姿を消しました。(参考: 賀川洋著『図説 ニューヨーク都市物語』(河出書房新社、2000年、p75)、小林克弘『ニューヨーク 摩天楼都市の建築を辿る』丸善、1999年、p36-37)
初期の耐火建築の欠陥についてはいろいろな例が、次のページの文書に説明があります。登場するイクイタブル=ビルはシカゴやボルチモアのものと思われますが、梁の下部がむき出しでウェブだけに耐火被覆がしてあったなどの欠陥が指摘してあります。中空のタイルで耐火の囲いをした柱がバックリングを起こしている写真もあります([1] のp44)。これらは、www.archive.org にあります。各ページで、PDF、DjVu など選択します。それぞれ書籍1冊全体のコピーですから、サイズはかなり大きいです(PDFで17〜58MB)。
- [1] Fireproof construction;an authoritative presentation of the fire prevention problem, ... (1914) ,by American School of Correspondence. Chicago
- [2] "Iron, steel, and fire-proof construction (1906), by Hasluck, Paul N. (Paul Nooncree), 1854-1931
- [3] "The fireproofing of steel buildings (1899), by Freitag, Joseph Kendall, 1869-" 百科事典の解説中にあった Freitag の著作です。
時代が下って、1967年1月にはシカゴのマコーミック=プレースという展示会場が火災で崩壊しています。屋根の構造のトラスに耐火被覆が施してなかったためでした。(参考: "1967, January 16: McCormick Place Fire")
つまり、鉄が必ずしも火災に対してそれ自体としては万全ではないことは経験的に知られていたというべきです。超高層ビルでは過去に倒壊や崩壊がなかったとしても、基本的に同じ建築方法の鉄骨造のビルでは過去に倒壊や崩壊は起きていたのです。また、WTC に匹敵する被害もこれまで幸運にしてなかったともいえます。そして、WTC の耐火構造に不備があった可能性もあります。
歴史的な経緯を無視して、「これまで火災で倒壊した高層ビルはないのに、これらが倒壊したのは不思議だ」と言い立てることは、結果的にはトリックないしはゴマカシです。
最後に。かつて火災によって全崩壊した超高層ビルはない
、というジョーンズ博士の言葉では、「全崩壊」の「全」、「超高層ビル」の「超高層」という範囲を限定する言葉がきちんと使われています。つまり、このページで私が指摘したことは、文面からみれば、はずれです。しかし、一方、「火災によって」という限定は、WTC には事実として当てはまりません。言葉に現れた、語句の組み合わせが問題になっている事実を正しく表しているかという点が気にならなければ、ジョーンズ博士の言っていることは間違いではありません。しかし、ジョーンズ博士の言葉は事実を反映していません。つまり無意味、ナンセンスです。
(2007/03/21)
(補足)
ニュースによれば、2007年4月29日未明(日本時間29日夜)、米カリフォルニア州、オークランド市北方の高速道路の立体交差部分で事故を起したタンクローリーが炎上し、熱によって上部の道路が崩壊しました。写真で見ると、立体交差部分は両側に2本の橋脚でその前後は一本足の橋脚のようです。つまり4本の橋脚に囲まれた部分が崩壊、落下したようです。落下した道路の半分は、とろけるチーズのように下の道路にかぶさっています。連結部の一方は完全に脱落しています。積載していたガソリンは3万3千リットルでした。この事故では、ローリーの運転手がやけどをしただけで他に死傷者はありませんでした。(アサヒコム、産経、読売、毎日、CNNなどによる)
鉄構造または鉄筋コンクリートの構造物が火災に対してそれほど強固なものではないという例証になるでしょう。
WTCタワーでは、ボーイング767の燃料は推定で約3万8千リットル(約1万ガロン)※でした(FEMA報告書 第2章)。高速道路の火災が影響した面積は、WTCの1階分の床面積の4分の一程度と思われます。またWTCでは複数の階に燃料が撒かれていましたから、面積あたりの油の量はWTCの方がおそらく少ないでしょう(WTC内にあった事務用家具類はじめとする多量の可燃物は別として)。しかし火炎の温度の上昇限度は大差ないはずです。炭化水素を燃料とする火災の発生する温度の範囲で鉄の構造物が破壊されたことを示しています。そして、これは、このページで説明したとおり、すでに19世紀中に経験上知られていた事実でもあります。ともかく、「火災だけで崩壊したビルディングはない」などという言葉がたわごとに過ぎないことは事実です。(※ 燃料搭載量9万リットルは間違でした[ 2007/11/04 訂正])
(2007年5月3日)
補足
米国の初期の耐火建築の品質の悪さ
米国の初期の耐火建築の品質の悪さについて次の文書を見つけました。
米国においては、19世紀後半は、工業化の進行により都市に人口が集中し、耐火鉄骨造の高層建築物が多く出現した時代であり、火災による被害が増大していた。この時期に、米国においてヨーロッパの火災事情と比較した文献によると、ヨーロッパの主要な都市における建物火災のほとんどは出火階でとどまっていたのに対し、米国の建物は非常に火災の被害を受けやすい、つまり建物の質がよくなくて火災による延焼拡大の危険性が高い状態にあるとしている(文献7)。より一般的には、19世紀においての米国においては、火災による人命や財産の損失の問題以前に、いいかげんな施工方法による建物倒壊の危険の問題があった
(一応耐火建築とうたっていても性能が低かったという意味)"火災調査の歴史 −建築物の避難安全計画に果たしてきた役割− 神戸大学 都市安全研究センター 北後明彦"
(2007/06/10)
補足
キャストアイロン(アイアン)ビルの材料は鋳鉄です。鋼鉄や純鉄の融点は約1500〜1600度ですが、鋳鉄の場合には1150〜1250度程度です。
「鋳鉄の溶解温度は、1150゚Cから始って、1200〜1250゚Cで終わるわけですが・・・(鋳物辞典-鋳造作業法-第14章鋳鉄鋳物用溶解法)」あるいは、「融点は 1150℃から 1200℃であり、 純鉄の融点よりはおよそ 300℃低い(鋳鉄 (cast iron))。
(2012/01/05)