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世界貿易センターのビルディングの性能の研究 / WTC7

以下は、"FEDERAL EMERGENCY MANAGEMENT AGENCY / World Trade Center Building Performance Study ""5 WTC7" ("WTC_ch5.pdf") の訳です。この色の文字 は訳注です。区切り線以下が訳文です。本文の流れに合わせたので図の位置はPDFファイルと異なります。下のリスト(黄緑色の文字)から各節にジャンプできます。

◎参考: 以下は、FEMAの "World Trade Center Building Performance Study" の WTC7 の火災に関する部分を訳出したものです。重要な点は、少なくとも、WTC7の建物の構造で一番重要な構造部材のある5階、7階で1日中火災が続いていたことがはっきりしているという点です。テナントの性質上、書類や磁気テープなどの可燃物が多量に貯蔵されていて、何が燃えていたのかは、2002年5月の時点では明らかになっていないと書かれています。ただし崩壊に関係するような火災があったという指摘はあり、火災がなかった、とか、軽微な火災しかなかったという内容ではありません。(旧"FEMAの報告書の WTC7 の火災に関する部分"の「まえがき」より 2005/01/28、2005/07 改訂)


レイモン=ギルサンス
エドワード=M.=デポラ
クリストファー=マリオン
ハロルド=「バド」=ネルソン

5 WTC7

5.1 はじめに

WTC7は、2001年9月11日午後5時20分に崩壊した。この崩壊による犠牲者はなかったとされる。WTC7の性能について大いに関心がもたれるのは、タワーの崩壊にともなうなんらかの衝撃による被害よりも、火災を主な原因として崩壊が起きたように見えるからである。2001年9月11日以前に、耐火の施された大きな鋼鉄製のビルディングが火災によって崩壊した記録は、あったとしても、少ない。

何が起きたのかについてのより良い理解のために、このビルディングの構造設計と建築の特徴、何が燃えたのか(*)、火災による被害、そして観察された崩壊の経過を示した。しかし、理解を確かなものとするために追加的な研究と分析が必要である。構造設計や建築の特徴や観察された出来事の経過についての情報は、設計図、写真、ビデオ、目撃者の報告、そして1986年のWTC7の建築の特徴に関する文献(サルバリナス、1986年)の検討に基づいている。また別に、次の情報と資料を示した出処から得た:

* potential fuel loads fuel load = 一定の空間に存在する可燃物(の量)

この47階の事務所ビルディングには1,868,000平方フィートの事務所空間があった。ビルディングの上部40階(8から47階)は事務所ビルとして使用された。表5.1は、WTC7の大口の賃借者のリスト。WTC7は、以下の企業からなる開発チームにより1987年に完成した:

表5-1 WTC7の使用者
Table 5.1 WTC 7 Tenants

Floor
使用者
Tenant
46-47機械室
Mechanical floors
28-45サロモン・スミス・バーニー(SSB)
Salomon Smith Barney (SSB)
26-27スタンダード・チャータード・バンク
Standard Chartered Bank
25インターナル・リベニュー・サービス
Internal Revenue Service (IRS)
国防省(DOD)
Department of Defense (DOD)
中央情報部(CIA)
Central Intelligence Agency (CIA)
24インターナル・リベニュー・サービス
Internal Revenue Service (IRS)
23ニューヨーク市危機管理事務所(OEM)
Office of Emergency Management (OEM)
22連邦住宅貸付銀行ニューヨーク
Federal Home Loan Bank of New York
21ファースト・ステート・マネジメント・グループ
First State Management Group
19-21ITT・ハートフォード保険グループ
ITT Hartford Insurance Group
19全米保険監督官協会(NAIC) 証券評価事務局
National Association of Insurance Commissioners (NAIC) Securities Valuation Office
18雇用均等委員会(EEOC)
Equal Opportunity Commission (EEOC)
14-17空き空間
Vacant
13プロビデント・フィナンシャル・マネジメント
Provident Financial Management
11-13証券取引委員会
Securities and Exchange Commission
9-10財務省秘密検察局(2001年当時)
U.S. Secret Service
7-8アメリカン・エクスプレス・バンク・インターナショナル
American Express Bank International
7OEM発電機とデイタンク(*)
OEM generators and day tank
6開閉制御装置(**)、倉庫
Switchgear, storage
5開閉制御装置、発電機、変圧器
Switchgear, generators, transformers
43階ロビーの上部空間、開閉制御装置
Upper level of 3rd floor lobby, switchgear
3ロビー、SSB会議センター、レンタル・スペース、管理事務所
Lobby, SSB Conference Center, rentable space, management offices
21階ロビーの上部空間、変電室上部階、上部開閉制御装置
Open to first floor lobby, transformer vault upper level, upper level switchgear
1ロビー、搬入搬出口、コン・エジソン社変電室、燃料貯蔵庫、下部開閉制御装置
Lobby, loading docks, existing Con Ed transformer vaults, fuel storage, lower level switchgear

* day tank もともとは1日分の燃料を発電機などの機器のそばに用意するもの。現在では、地上に設置される、ポンプや制御用回路を持ったタンクのことをいう。
** 電気回路の開閉装置

図1-1(第1章のWTCの地図(*))に示すように、WTC7は、WTCの主要部分の北側のベッシー通りをわたったところにあって、WTCのプラザと2つの歩道橋でつながれていた:それらは、大きなプラザ橋と、より小型のガラスで囲まれた歩道橋だった。(**)ベッシー通りの95フィートを跨いで、プラザとWTC7の3階を結んでいた。また、事務所としての利用のほかに、WTC7には、変電所と搬入搬出口(***)が、図5-1に示すようにあった。

* WTC_ch1.pdf の p3
** 第5.5節の図5-12のA では、Plaza Bridge (大) と Pedestrian Bridge (小)。前者には屋根がない。(参考 roblog / refugee page from the old website - WTC pics4段目左の写真。左上がWTC7。根元に2つの歩道橋が見えます。)
*** Con Ed Substationshipping ramp(図5-1では右の方に"Ramp"と表示)。

Fig5-1
図5-1 WTC7の基礎の図面

変電所と搬入搬出口はWTC7の敷地の大きな部分を占めていた。変電所は事務所タワー(*)より以前に建てられていて、マンハッタン南部に電力を供給していて、敷地の約半分を覆っていた。搬入搬出口は(5,200平方フィートの面積でWTC7の敷地の約10パーセント)は、WTC複合施設全体により利用されていた。

* the office tower。WTC1やWTC2ではなく、WTC7の上部の事務所として賃貸された部分。

5.2 建物の説明

5.2.1 基礎

事務所タワーの建設を考慮して、ニューヨーク、ニュージャージー港湾公社(以下、港湾公社)は将来の建築のためのケーソン基礎を設置した。しかし、第7世界貿易社とシルバースタイン開発会社は高さも面積もより大きなビルディングを建設することに決めた。設計者は、WTC7の基礎を作るために、変電所内にすでにあったケーソン基礎と新しく変電所の内外に設置するケーソン基礎を併用することにした。図5-1は、コン・エジソン変電所が建設されたときから存在したケーソン基礎の位置とビルディング建設のため新たに設置されたケーソン基礎の位置を示す。変電所と事務所タワーの柱の位置の食い違いは、荷重を事務所タワーから変電所へ移動し最終的には基礎へ伝達する伝達部材を必要とした。新旧の柱も新旧のケーソン基礎も、図5-1に示した基礎の図面に見える。

5.2.2. 構造の骨組み

Fig5_2
図5-2 8階から45階の一般的な床の骨組み

図5-2に示すような床の骨組みが8階から45階で一般的に使われた。重量を支える骨組みは複合構造の梁(一般的には幅16×26と幅24×55)から成り立っていて、コアと外壁の間に渡されていた。床板はケーブル用の空間のある3インチの金属製の複合デッキ(*)に普通コンクリート(**)を2と1/2インチのせたもので、鋼製の梁の間に渡してあった。8階より下では、床は一般的には、ある限られた範囲にコンクリートをのせた金属製のデッキからなっていた。荷重を伝達する支柱が数多くあったが、中でもより重要なものは、内部の5階と7階にあった3本の支柱と、7階北側にあった8本の片持ち梁の上にある支柱であった。外壁の内側の支柱は筋交が書き込まれている立面図に示した(図5-3)。

* electrified composite 3-inch metal deck 鉄製の床のデッキの山型の空間に電気・電話などの配線を配置するようなデッキ。electrified metal deck とも。商品名としては、Cordeck など。参考:構造床電路システム (JFE建材株式会社)
** normal-weight concrete 最も使用比率の高いごく一般的なコンクリート

Fig5_3
図5-3 ビルディングとコア部分の立面図 ベルトトラスが5〜7階と22〜24階にあるのに注意。

各外壁ごとに1つ、計4つのモーメント・フレーム(*)からなる水平方向の力に抵抗する仕組みとして、2階の高さの帯状のトラスが、5階から7階と、22階から24階(**)の間に設置された。7階より下部の東の壁面と西の壁面には追加的なトラス組みが設置されていた。水平方向のずれは5階と7階でコアに伝達された。5階の仕切り板としての床平面(***)(図5-4に示す)は、鋼鉄製のT型鋼を埋め込んだ14インチ厚の鉄筋コンクリートからなっていた。7階は8インチ厚の鉄筋コンクリート製の床板であった。

* 「枠組みを構成している部材と接続部分のずれとたわみに対する強さによって建築の骨組みに水平方向の力に対する抵抗力と安定性を与える枠組み」moment frame : Framing system that provides resistance to lateral loads and provided stability to the structural system by shear and flexure of the framing members and their connections.(mcgraw-hill.com の Glossary.pdf)
** 図5-3 では5階部分と6階部分、22階部分と23階部分。表記の仕方の差であって間違いではないと思います。
*** floor diaphrag この場合、ダイアフラム(仕切り板)には、竹の節のように筒状の内側全体に広がって支えている平面という意味合いがあるようです。

Fig5_4
図5-4 T型鋼が埋め込まれた14インチ厚の仕切り板としての5階の床板

5階と7階の間には、仕切り板としての床、帯状のトラス、そして荷重伝達用の桁があった。トラス1、トラス2、トラス3、そして荷重伝達用片持ち桁の立体的な予想図(*)を図5-5に示す。

* A 3-D rendering

Fig5_5
図5-5 荷重伝達用のトラスと桁の関係を示す立体図

5.2.3 荷重伝達用のトラスと桁

Fig5_6
図5-6 荷重伝達用のトラスと桁の位置を示す7階の平面図

図5-6に示すように、荷重伝達用のトラスと桁は5階と7階の間に位置していた。それぞれの荷重伝達用のトラスや桁の機能と設計は次に記すようなものである。

トラス1はコアの北東部分にあって、東西方向にまたがっていた。図5-7に示すように、このトラスは、2階分の高さの2本組みの伝達用の骨組みで、7階より上の同軸上にない柱の荷重を5階にある柱と桁に伝達していた。桁は、(桁の両端の)追加された2本の柱に、伝達された2次的な荷重を伝達した。(このトラス1が支えていた)7階の柱は、上部の41階分と屋上の東側の機械室(ペントハウス)の一部を支えていた。その荷重は、トラスの三角形の二辺を通じて、変電所の既存の柱の上に位置する柱と、5階の桁に伝達していたのである。その36.5トンの重さの組み立てられた二重のウェブを持つ(*)桁は北-南の方向に、新たに設置された基礎から7階までの2本の柱に渡されていた。トラスの斜めの部分はW14型(**)で、(それら2つを下部の水平部分で)連結する部材は重量が22トンの組み上げられたものであった。

* およそ箱型断面
** W14 shape 14 はウェブのサイズか?

Fig5_7
図5-7 トラス1の詳細。(BPM=鋼板を組み立てた部材)

トラス2は単独の伝達用骨組みでトラス1の南側に位置していた。図5-8に示すように、トラス2は7階の柱の荷重を三角形の2辺を通じて5階の柱に伝達していた。大きな補強板(*)が斜辺、柱、そして斜辺の下の水平の連結する部材の間の接続箇所に与えられていた。斜辺と組み立てられた水平の連結部材は現場で溶接された。

* gusset plate

Fig5_8
図5-8 トラス2の詳細。(図中BPMは、鋼板を組み立てた部材)

トラス3は、片持ち梁状の2階の高さの伝達用の骨組みで、北-南方向で、5階と7階の間で、コア部分の西の端にあった。トラス3は、図5-9に示すように柱の間で荷重を伝達した。上部41階の荷重を支える柱が、トラスの北側で片持ちされ南側で、基礎から7階まである柱に伝達されていた(*)

* The upper columns carried 41 floors of load and were cantilevered to the north of the column that went from the foundation to the 7th floor.。「片持ち梁状」については、図5-9の右下、Hanger Below と記入されている点に注意。この柱は上からの荷重を支えているわけではありません。したがって図5-5ではこの柱が描かれていません。

Fig5_9
図5-9 トラス3の詳細。

この片持ち桁は、図5-10に示すように、7階でコアと北の外壁に差し渡されていた。これらの桁は8つあって、7階より上の階の荷重をコン・エジソン変電所内の柱へと移し変えていた。これらの桁は、変電所とその上のビルディングの壁の6フィート9インチの長さを片持ちにしていた。これらの桁はコアに向かってさらに46フィート伸びていた。これらのうち東端の2つの桁はトラス1と接続されていて、二重の伝達骨組みを作っていた。桁の厚さは、北の端の9フィートから、中間で幅が狭まって、コアに近い南の部分では4フィート6インチであった。各桁は約52トン。北の壁面の5階と7階の間では、桁に荷重を伝達している柱はビルディングを取り巻いているベルト・トラスの一部分であったので、水平方向の力に対する骨組みとして、搬入搬出口の上部の柱の荷重を伝達する役目もしていた。

Fig5_10
図 5-10 片持ち伝達桁の詳細
図5-9 と同じように Hnagerと書かれた柱には上部からの荷重はかかっていません。

5.2.4 接合(*)

* Connections

骨組みではさまざまな接合方法が使われた。床の梁と外壁の柱の間では、柱に設けた台座に梁を載せる接合方法(*1)がとられた。梁と梁との間では、一面せん断接合(*2)が用いられた。ダブル・アングル接合(*3)が、梁と内部の柱のエンド・プレート接合(*4)部分といくつかの梁について使われた。床の骨組みの接合には直径7/8インチのASTM A325 ボルトが;筋交、モーメント・フレーム、そして柱同士の接合には直径1インチのASTM A490ボルトが使われた。

*1 Seated beam connections
*2 Single-plate shear connections
*3 Double-angle connections
*4 end-plate connections

東と西の壁面に沿った柱の間隔は、柱の中心線で測って、一般的には10フィートより少なかった。この場所では、コラム・ツリーが使われた。コラム・ツリー(*)は、工場で作られた柱の組立品で、柱のフランジ(**)に太短い枝が工場で溶接されている。現場では、柱と柱の間を枝の端で接合する。フランジとウェブの接合の両方に片面ラップ・プレートが使われた。

* column tree FEMA報告書の「第4章 WTC4、5、と6」(WTC_ch4.pdf)のp1、p3の図4-2、p18の図4-20参照。
** 鋼材の断面を"I"(アイ)字型とした場合、柱を梁として結ぶ場合一般的には、上下の横棒に相当する部分がフランジで縦棒に相当するのがウェブ。

北と南の壁面に沿って、そして7階までのコアの中では柱の間隔は約28フィートであった(*)。これらの場所では、伝統的なモーメント・フレーム構造が使われた。片面ウェブ・シアー・プレートだけでなく、上下フランジは柱のフランジに工場で溶接されたものであった。梁は現場でボルトで接合された。

* the spans were approximately 28 feet 柱という言葉は原文にはありません

柱同士の接合の大部分は、アメリカ鉄骨構造物学会(AISC)の詳細仕様に従ってボルト留めされた。それらは床から上に3フィート6インチのところに位置し、引っ張る力に対して対応するようには設計されていなかった。7階より下の柱は、しばしば、「ジャンボ」型(W14×455〜W14×730)または、必要な断面の特性を与えるために、10インチ厚までの鋼材をウェブを平行にフランジ同士を溶接して組み立てられたジャンボ・ボックスであった。これらの大きな柱のために、現場での溶接のために上に来る柱の下部に斜めの部分がつけられるか、下の柱の上部に工場で側板を溶接されたりして、柱が立てられ垂直が確かめられると現場で溶接された。

筋交となった部材の大部分は、2つのC型鋼か2つのT型鋼を骨組みとして結合して、溶接されたガゼット板に接合していた。幅広のフランジの材料が単独に使われた場合もある。これらの部材はウェブやフランジと、モーメント・フレームで使われたのと同じように接合された。ビルディングの東と西の壁面の筋交の部材のいくつかは、「ジャンボ」柱と同じ大きさの断面をしていた。接合部分では、接合用の鋼板がこれらの大きな筋交や梁や柱を両側から挟んでいた。接合部分では、すべての構成材は互いにボルト留めされた。

外壁の花崗岩のパネルは工場で製造され独立したトラスで支えられていた。各パネルは、単独の垂直方向の重力に対する接合部分と、上端と下端の水平方向の風に対する接合部分がありビルディング本体に荷重を伝達していた。水平方向のパネル間の調整はパネル自体で対応することができた。ビルディングの柱にはアングル材とチャンネル材が溶接されていて水平方向、横方向の支えを与えていた。パネルの上端はアングル材に、下端はチャンネル材に結合されていた。これらの鋼材とパネルの接合は縦方向の調整のための細長い穴を作った。

5.3 防火設備

5.3.1 避難設備

WTC7には2つの主避難階段があった。階段1は中央コア部分内の西側に、階段2は同じく東側にあった。どちらの非難階段も地上階で直接外部に出れるようになっていて、およそ4フィート10インチの幅であった。階段は石膏ボードを使用した耐火構造*であった。WTCの1993年の爆弾事件を受けて、非常時の脱出を容易にするために、電池式の非常灯が避難階段に設置され、夜光塗料が階段の踏み板の縁に設置された。電池式の照明に加えて、階段には発電機による非常時の照明設備もあった。

* fire-rated construction

28基の乗客用エレベータと3基の業務用エレベータがWTC7のいろいろな階で使われていた。エレベータを使用したビル利用者は一般的には3階で降りてから、ロビーからWTCプラザに通じる陸橋で外部に出るか、エスカレータで地上(*)に向かった。

* grade level 「平面」。下った先の平面だから「地上」。

5.3.2 検知と警報

煙の検出装置は、暖房換気用配管の内部や機械室内やエレベータの入り口ばかりでなく、交換機室、電気室、電話ボックス内にも設置されていた。火災通報装置(*)は階段への入り口と各出口に設置されていた。避難誘導用のスピーカーはビルディング全体に設置されていて、防火管理室(FCC)(**)から手動で起動された。ストロボライトが設置されていて、煙や水の流れを検知したり、火災警報装置が起動されたときに自動的に発光した。WTC7の火災警報装置の制御盤の監視装置は中央管理室に独立して設置されていた。緊急用発電機に加えて、無停電電源(UPS)が存在し、4時間の火災警報設備のフル稼働と12時間のスタンバイが出来るようになっていた。床には煙と熱の検知装置が組み込まれていた。

* manual pull station
** Fire Control Center

5.3.3 防火区画

コンクリートの床板は垂直方向の防火区画を与えていて火と煙が階から階へ広がるのを制限していた(図 5-11を見よ)。設計図の示すところでは、コンクリートの床の縁とカーテンウォールとの空間は、2から10インチであって、耐火材料でふさがれることとなっていた。

Fig5_11
図 5-11 コンクリートの床板による防火区画

WTC7には煙制限装置が存在した。この設備は、警報の出た階の上下の階の室内の空気圧を高めることで、煙と熱を警報の出た階から広がるのを制限するように設計されていた。

構造部材の保護のために使用された耐火材料は、シルバースタイン不動産によって「モノコート(*)」と確認された。港湾局がBPS班に伝えたところでは、図面PA-Oの構造の注記の建築明細に従って、WTC7にはニューヨーク市建築基準法の分類の1B(梁、桁、トラスが2時間耐火、柱が3時間耐火)が指定された。港湾局によれば、図面PA-Oの構造の注記は次のような指定もしている:

* Monokote 商品名

* Portland cement 普通にセメントと呼ばれるもの
** Gritcrete

港湾局の主張では、吹き付けの耐火材料の厚さは具体的な場所ごとに損害保険者研究所の計算式に基づいて適用された耐火等級(*)によって決定されたと考えられるとされるが、これは提出された施工図の当時の建築監理技術者(**)により確認されたところである。建築基準の要求する吹き付けの耐火材料はまた 区分 C26-106.3 (現行 27-132) に従って規制される項目として設計図にもリストされていた。建築監理技術者は確実に適切な厚さで耐火材料が塗布されることに責任があった。

* 原文 the fireproofing trade の "trade" は "grade" と思われます。
** the Architect/Engineer of Record

5.3.4 消火体制

第一の消火用水の供給は複合施設構内に配管された専用の消火用構内本管によっていたと思われる。この消火用構内本管には市の水道局から直接に水が供給されていた。消防局の接続口が(WTC7の)(*)南側と西側にあった。

* 次の次の段落参照

WTC7にはスプリンクラーの設備があった。しかし、ビルディングの5階ではのコア部分だけにスプリンクラーが設備されていて、電気機器の部屋にはどこも設置されていなかった(*)。スプリンクラーによる防御は「初期火災向き」(**)に設計されていた。ほとんどの階のスプリンクラー設備はループ方式(***)で階段2にあった送水管から給水されていた。搬入搬出口は乾式(****)のスプリンクラーで防御されていた。OEM(ニューヨーク市緊急管理事務所)のタンクの設置された区域は特別の火災検知と消化設備が設置されていた。

* However, only the core spaces on the 5th floor were sprinkler protected, and none of the electrical equipment rooms in the building were sprinkler protected.(FEMA原文)。この部分について、(1)"http://www.wtc7.net/articles/FEMA/WTC_ch5.htm"(2) "http://thewebfairy.com/killtown/wtc7/archive/fema_403.html" (3) "http://www.whatreallyhappened.com/fema_report.html" にあるレポートのコピーでは、 However, on the 5th floor, only the core spaces were sprinkler protected, and none of the electrical equipment rooms in the building were sprinkler protected. に改変されています(少なくとも改変箇所附近には注釈がありません)。わかりやすいのですが原文とは異なります。下院科学委員会へ移されたファイルと以前のFEMAサイトのファイルの間でこの点について訂正はありません。(なお、上記3サイトの本文は同じものと思われます。おそらくは(1)がオリジナルですが、原文と区別なく色分けだけで書き込まれた転載者のコメントがあります。(2)はコメントを削除したもの。ただし(2)も原文にはないマーカーペンのような強調がつけてあります。原文の紹介という点からはあまり普通のやり方とはいえません。また表の記述内容で省略された部分も見受けられます。3サイトとも、「公式見解」とは別の「見解」を「追求」しているサイトです。)
** light hazard
*** 本管が環状に配管されていて、複数の放水口(ヘッド)が本管から出た枝に設けられている。枝の先端は閉じている。放水をはじめた放水口のある枝には2方向から給水される。
**** 冬季の凍結を防ぐなどの目的のため通常は通水していない。

消火ポンプ室はビルディング地下の南西の隅にあって中には自動消火ポンプ(手動操作式ポンプだけでなく)が設置されていた。ニューヨーク市消防局の連結送水管の接続口が南側の壁面と西側の壁面にあった。

それぞれの非常階段に送水管があった。各階段の各階には、2と1/2インチ口径の消火栓が2と1/2インチのホース(ノズルは3/4インチ)とともに設置されていた。加えて、各階の東側には補助の消火ホース置き場(*)があった。送水管への第一の給水は消火用構内本管から送られ、消火用構内本管は市の水道局から給水を受けていた。

* supplemental fire hose cabinet

5.3.5 電力

電力は、WTC7へは13,800ボルト(V)で送電されてきて、5階にある独立したコンクリートブロック造りの変圧器室内にあるシリコンオイルの満たされた変圧器によって480/277ボルト(*)に電圧を下げられビルディング内に配電されていた。各階では、277Vになる端子(**)から取り出された電圧を下げて単相の120Vが枝回路に供給された。主系統には漏電対策がしてあった。非常電源用発電機はさまざまの階に設置されていて、二番手の電力を使用者に供給するようになっていた。この機器は、通信機器、エレベータ、通路や階段の非常用照明、そして消火用ポンプの予備電力を供給するようになっていた。避難階段、エレベータ入り口、そしてエレベータのゴンドラ内部の非常時の照明設備は個々に予備の電池を備えていた。

* 三相交流の公称電圧。
** one of the 277 legs。leg は3つ鉄心のある三相交流のトランスの1つを指している場合があるので、「星型結線」の発電機の3つあるコイルのうち一つごとのコイルの両端の間の電圧と同等のものと思われますが、需要側の具体的な配線のどこからとるか、したがって、この場合の "leg" の意味は交流や三相交流について詳しくないので不明です。

非常用発電機に燃料を供給する複数のタンクがビルディング内に設置されていた。シルバースタインとサロモン=スミス=バーニー(SSB)の燃料タンクは搬入搬出口の地下にあった。OEMのタンクは1階の、鋼鉄製の台の上に4時間耐火の容器の中に収められていた。SSBの設備の、発電機までの間に、外側の直径が4インチ、内側の直径が2と1/2インチの二重の管からなる、送油管と油を戻す管(*)があった。SSBの燃料の垂直パイプは一重でコンクリート製の縦坑の中にあった。5階の水平部分のみ、パイプの中に二重のパイプの入ったものであった。1階の燃料用ポンプは毎分75ガロン(gpm)を送り出すことができた。5階にあった9基の1,725キロワット(kW)の発電機はそれぞれが、毎分3ガロンの燃料の供給を必要とした。1ガロンは発電機が消費し、残りの2ガロンは配管の中を循環していた。SSBの燃料ポンプはビルディングの非常用電源とSSBの予備電源による無停電電源により作動することになっていた。二重配管の隙間は圧力をかけて移送されている内側のパイプから燃料の漏れた部分を、流出止め容器に導くように設計されていた。流出止め容器内に燃料を検出すると燃料ポンプは自動的に動力源を遮断された。SSBの燃料ポンプと配管はSSBの発電設備専用のものであった。ビルディングの基本的な人命の安全のための非常用の発電機とOEMの発電機には、専用の燃料ポンプと配管があった。シルバースタインの発電機は2基の900kWの発電機で、これも5階に設置されていて、275ガロンのデイタンク(**)から燃料を供給されていた。発電機への燃料供給系統の制御や設計についてのその他の特徴は知られていない。

* 燃料ポンプから発電機そばのデイタンクまでの間は、送り出すパイプと燃料が戻るパイプの二本が配管されている。
** day tank。小出し槽。

5.4 ビルディングの荷重

南の壁面への(タワーの崩壊による瓦礫の衝突の)衝撃による損傷の程度は記録されることが不可能だった。しかし、写真やビデオ記録の検証により被害は明白であった。WTC1の崩壊後何ヶ所も火災が見られたが、同じようにWTC1の破片の衝突による被害も多くの場所で起きていた。

一般的に事務所に関連する可燃物はビル全体に分布していた。加えて、WTC7は、1階に10基、5階に12基の変圧器、そして7階に2基の乾式変圧器があった。コン・エジソン変電所には、ビルディングの6階に13キロボルトアンペア(kVA)の電力を供給する(建物平面の外側に)8基の30フィート幅の変圧器があった。燃料油(ディーゼル(N0.1)からNo.4の範囲の)が、OEM、SSB、シルバースタイン不動産そして合州国シークレットサービスの発電機のために供給されていた。表5.2は、いろいろなビルディング使用者の発電機、燃料タンク、燃料ポンプそして縦配管がどこにあったかを示している。WTC7で調理に使用する目的のコン・エジソンの4インチ径で平方インチ当たり0.25ポンド(psi)の(低圧)のガス管もあった。早期のニュースでビルディング附近に24インチの高圧のガス本管が存在すると報道された;しかしこれは真実でないことが判明した。

表 5.2 WTC7の燃料供給設備

貯蔵タンク ポンプ 縦配管 デイタンク 発電機
OEM シルバースタインのタンクからデイタンクに供給 1階;33.3gpm 西側のエレベータシャフト 7階に275ガロンのタンク;東の低層階行きエレベータシャフトの2階と3階の間に6000ガロンのタンクが1基 7階の南側に500kWが3基
サロモン・スミス・バーニー 搬入搬出口地下に6000ガロンのタンク2基 1階西側の消火ポンプ室に75gpm ビルディング南西隅の機械室の縦坑内 なし;5階に内管径2.5インチの二重壁の鉄パイプによる与圧式の循環式の配管が送油していた 5階に1,725kWが9基、内6基は北側、3基は南西の隅
シルバースタイン不動産 搬入搬出口地下に12000ガロンのタンク2基 1階、西側のエレベータシャフトの間に4.4gpm 西側のエレベータシャフト内 5階に275ガロンのタンク 5階南西隅に2基の900kW
合衆国シークレットサービス シルバースタインのタンクを使用 シルバースタインのポンプを使用 西側のエレベータシャフト内 9階の発電機の下に約50〜100ガロンのタンク 9階
アメリカン・エクスプレス デイタンクのみ なし なし 8階西側壁際に275ガロンのタンク 8階


第5.6.2節に書いたように、WTC7の崩壊の経緯は、(骨組みの)破綻がはじめにビルディングの東側の低層階の内側から起きたことで説明がつく(*)。ゆえに、関心は、ビルディングの東側の低層階内部の火災に関係する可能性を持っていた燃料油の送油設備の各部分に向けられる。送油設備の縦配管はビルディング西端の2つのユーティリティシャフトの1つの中にあった。1つの例外はアメリカン・エクスプレス社であって、8階の西端に発電機とともに275ガロンのタンクを設置していた。このタンクはアメリカン・エクスプレスの発電機に単独に送油するようになっていて、ほかの送油系統とは接続はなかった(**)。この275ガロン・タンク(***)は容器入りで運ばれてきた燃料をタンクに移し変えることで満たされていた。SSBの発電機用のディーゼル燃料の送油設備の一部をのぞいて、すべての発電機は西の端にあって水平方向の燃料の配管は比較的に短かった。

* consistent with
** was not connected to any other fuel oil source
*** 約1041リットル(約1m3)

SSBの設備については、5階に3つの別の発電機の設置場所があった:3組の発電機がビルディングの南西の隅に、2組が北西の部分に、そして4組が北東部分にあった。配管は二重で溶接で接続された黒染め(*)の鉄パイプで、内側と外側のパイプ間への漏れを検知するようになっていた。外側のパイプは外径で少なくとも4インチ、内側のパイプは2と1/2インチだった。パイプは、5階のほとんど東西方向の長さがあったコンクリートブロックの壁のすぐ北側に沿って、ほとんど床の長さにわたって走っていた。5階の東の端で、壁の南側には、1階から2階分の高さの機械室があった。荷重伝達トラス1と2はこの部屋の中にあった。トラス1の東端は東西方向に走るトラスの主要な部分と直角(言いかえれば南北方向に)に走る部材によって支えられていた。機械室から、先に言及した4組の発電機のある区域の間に発電機のある側に開く観音開きのドア(**)があった。燃料の配管は、このドアの上、コンクリートブロックの壁の数フィート北を走っていた。ドアの形式、品質、そして金具の方式は知られていない。事件の当時のドアの位置(言いかえると、開いていたか閉まっていたか)も分かっていない。ドア下の床との隙間(**)についての情報も利用できていない。

* black iron 鉄の表面に黒色の酸化皮膜を作ることでサビ止めの表面処理(黒染め)をした鉄。
** a set of double doors opening from the mechanical room to the area containing the four generator sets
*** the undercut on the door

燃料送油ポンプは発電機より電源を得ていた。燃料油は、非常用電力設備が電力供給の障害を検出したときにタンクから圧送されるようになっていただろう。ポンプは、送り出し側と戻り側の圧力差に反応して作動して、圧力差のある限り燃料油を循環させただろう。電力の障害を感知して、設備は自動的に非常時体制に切り替わった。これはビルディングの電力の供給状態を監視して作動する変圧器のスイッチでおこなわれ、コン・エジソンからの電力供給が断たれると非常用電源設備に切り替えた。切り替えることは手動でも可能であった。ビルディングへの送電状況についてコン・エジソンは「WTC7への引込み線は午前9時59分に送電を止めた」と報告している。非常用発電機はただちに作動したと考えられている。発電機の内のいくつかは、吸気系統(*)やラジエータへの空気の流れが汚染したことによって作動しなくなったかもしれないとも考えられている。SSBの設備は75gpm送油ポンプに対して予備電源として無停電電源(UPS)が与えられていたが、それ以外のところでは、デイタンクが空になると燃料の供給は終り、配管されていた発電機は停止したと考えられている。

* 原文は、carburetors = 気化器(キャブレター)です。一般的には気化器はガソリンエンジンの部品です。"Carburetor - Wikipedia"のように内燃機関で空気と燃料を混合するものという意味に解釈すればディーゼルエンジンにも適用できそうですが、ディーゼル機関ではそのような機能が一体となった部品はありません。したがって吸気系統としました。

SSBの発電機はデイタンクを使っていなかった。替わりに、圧力をかけた燃料油を循環させる仕組みで9基すべての発電機に送油していた。75gpmのポンプが作動し続けている限りは、なんらかの条件下で送油の中断が起こりうるとして、全面的なまたは部分的な中断があったとしても設備の停止を引き起こさなかっただろうし、この容積型ポンプの能力の75gpmまでは送出することができた。SSBのポンプはSSBの発電機と無停電電源の両方から電力の供給を受けていたと理解されている。

ニューヨーク州環境保護局(DEC)の技術者はWTC7の瓦礫の油の汚染を調査した。彼等の第一の関心はコン・エジソン変電所の機器に使われていた種々の油脂に向けられた。しかし、彼等は燃料油については次の発見事項を報告している:「コン・エジソンの油脂に加えて、最大で12000ガロンのディーゼル燃料がWTC7用として登録された地下の2つの貯蔵タンクから失われていた。」 現在までに、ニューヨークの米環境保護局(EPA)とDECは、他の無傷の2つのWTC7の地下の11600ガロンの燃料貯蔵タンクから20000ガロンを発見した。

表5.2のリストに基づけば、発見された20000ガロンはたぶんシルバースタイン不動産の非常用電力設備のものであると推定される。シルバースタインからの資料はタンクからのポンプの送油量は4.4gpmであったことを示している。シルバースタインのポンプが午前10時、WTC2の崩壊の直後にコン・エジソンのビルディングへの電力供給が停止したときに始動して、WTC7が午後5時20分崩壊するまで送油を続けたとしたら、2000ガロン未満が使われたかもしれない。2つの12000ガロンタンクから発見された残っていた20000ガロンは、したがって、シルバースタインの発電機が稼働していたかいなかったかを示すものではない。

同じように、75gpmの送出量のSSBのポンプは2基の6000ガロンのタンクを3時間たらずで空にしただろう。これはEPAの報告した失われた12000ガロンの理由となりうるだろうし、あるいはタンクが破裂して油が瓦礫の堆積の中にこぼれ出たのかも知れない。再度言うと、これはSSBの発電機が作動していたかいないかを適切に示すものではない。ニューヨークのEPAは近いうちにSSBのタンクは瓦礫から取り出されると指摘している。このことが、タンクが破壊されたときに残っていた油の量についてのなんらかの印を示すかも知れないしそうでないかも知れない。もしディーゼル燃料の大方がタンクにまだ残っていた証拠があれば、第5.6.1節で仮定したようにSSBの(送油)設備はディーゼル燃料を送出していなかったと結論することができるだろう。逆に、破壊されたときにタンクの油が少なかったという証拠が示されたとしたら、また9月11日の事件の始まりの時点で満タンだったとしたら、SSBの設備は作動していてこれらのタンクから油を送出していたという仮説を指示するものとなるだろう。

いまのところ、2階と3階の間にあったOEMの6000ガロンのタンクの崩壊後の状態についての利用できる資料がない。OEMの設備も275ガロンのデイタンクを7階に配置していた。OEMの設備はシルバースタインのタンクから6000ガロンのOEMのタンクへ燃料を転送する能力のある給油の仕組みを備えていた。OEMの発電機は7階の南西部分にあった。OEMはまた11000ガロンの飲用水タンクを7階の南側に置いていた。

シークレット・サービスの燃料の送油系統は、OEMの設備のように、シルバースタインのタンクから油が供給(*)されるように設計されていた。9階の北西の隅の近くの50から100ガロンの容積と推定されるデイタンクに直接ポンプで送られていたと思われる。発電機も同じ場所にあった。

* refurbish おそらく "refurnish" のタイプミス

アメリカン・エクスプレスの発電機の275ガロンのタンクは8階の西の端にあった。全量が燃焼したとして、275ガロンに相当する潜在エネルギーは約600メガ・ジュールで、他の可燃物に着火して深刻な火災を引き起こすに十分な熱量だが、ビルディングの構造部材の安定性に脅威を及ぼすほどではないと思われる。

5.5 2001年9月11日、WTC7に影響を与えた出来事の経過

WTC1とWTC2の倒壊の影響と、続いて起きたWTC7の火災と崩壊に付いて以下で論ずる。図5-12はこれらの影響を示すため挿入された写真の撮影位置とそれぞれの崩壊により生じた瓦礫の広がりを示している。

Fig5_12
図5-12 WTC2、WTC1、WTC7 からの瓦礫の飛散の経過。
中央の平面図A、B、C が、順に WTC2、WTC1、最後にWTC7自身の瓦礫の広がりを示しています。図A には、歩道橋トンネルとプラザ・ブリッジの位置が示されています。図C には、WTC7の瓦礫が、「30ウエスト・ブロード・ウエイ・ビルディングに当たった」と書き込みがあります。周囲の小さな写真は、報告書の各所に挿入されているものです。目の絵の書かれた矢印は撮影した向き示しています。

5.5.1 WTC2 の倒壊

午前9時59分、WTC2(南タワー)は倒壊した。およその瓦礫の広がりを図5-12(A)に示す。WTC2の倒壊は、WTC7の屋根、または東、西、そして北の壁面に、顕著な影響は及ぼしていなかったようである。WTC2の倒壊後、南の壁面にどのような損傷があったかは分かっていないが、歩道橋トンネル(図5-13を見よ)とプラザ・ブリッジの両方は瓦礫をかぶっているがWTC2の倒壊後もまだちゃんとしている。

Fig5_13
図5-13 WTC2の倒壊後、歩道橋(中央の下の方)はまだ残っているが、WTC1(中央一番上)は倒壊前なのに、かなりのチリやホコリが道路上に撒き散らされている。クレジット:マーク=ロッデンベリイ
USポスト・オフィスとWTC7の間のウエスト・ブロード・ウエイからの撮影。手前の画面のほぼ右半分を占める「7」という数字の書かれたビルがWTC7。下部が切れていますが左端がUSポスト・オフィス。その奥がWTC5。WTC5の右隣がWTC6。WTC6の背後の高いビルがWTC1(北タワー)。したがって手前の路上や自動車の上の瓦礫はWTC2(南タワー)の崩壊によるものです。

5.5.2 WTC1 の倒壊

午前10時29分、WTC1(北タワー)が倒壊し瓦礫を下方の街路に撒き散らした。WTC7にもたらされた被害の範囲と程度は現在のところ知られていない。しかし、以下に言及する写真の証拠や目撃証言から、ビルディングの南側はある程度の被害を受けWTC7の火災はだいたいこの時に発生したと思われる。

図5-14 の航空写真はWTC1の倒壊直後に広がってWTC7を取り巻く瓦礫の雲を示している。図5-15 はWTC7の西の壁面とベリゾン・ビルディングの間の瓦礫の写真。図5-12(B) は WTC1倒壊直後の瓦礫の広がりのおよそのところを示した平面図である。

Fig5_14
図5-14 北側から見た、WTC1の倒壊とWTC7の周囲への瓦礫の広がり。WTC7屋上の機械室の小屋が無傷であることに注意。クレジット:OEM
後方の川はハドソン川。WTC7 という書き込みの左が 1 リバティー・プラザ・ビル。その手前が奥から 22コートランド・ストリート・ビル、ミレニアム・ホテル。WTC7の左にUSポスト・オフィス、右にベリゾン・ビルの最上部がどうにか見えています。右端のピラミッド型の屋根はWFC3、その左の日陰の中にWFC2のドームが見えます。PDFファイルで150%ほどに拡大すると、WFC3とWFC2の間のウインター・ガーデンがチリの雲に覆われているのが分かります。

Fig5_15
図5-15 WTC7(左)とベリゾン・ビル(右)の間にあったWTC1の倒壊による瓦礫。クレジット:ジョージ=ミラー/NYCTA
中央の道路はワシントン通り。手前の左右方向の道路はバークレー通り。中央奥の黒っぽく見えるのはWTC6。WTC7の北側の地上部分は上部階の壁面より外側に出てます。NYCTAは"New York City Transit Authority"(ニューヨーク市交通局)

WTC1の倒壊は、WTC7の屋根または東側、西側そして北側の壁面についてはいかなる重大な影響も及ぼさなかったようである。しかし、WTC7の南西の角については、およそ8階から20階、24階、25階そして39階から46階に、ウエスト通りから撮影された写真である図5-16 に示すように被害があった。

Fig5_16
図5-16 WTC7の南西の角の被害(赤枠の中)、ウエスト通りより見る。クレジット:スティーブ=スパック/911ピクチャーズ
右がWTC6、左がベリゾン・ビル。911ピクチャーズ(911 PICTURES) は消防士・警察官・救急隊員などの撮影した写真を集めたサイト。"911"は"9月11日"の意味ではなく緊急通話番号。FEMA報告書掲載以外のスティーブ=スパック氏撮影のWTC7の火災の写真が8枚あります。

図5-17では、(ウエスト通り越しに)世界金融センター(WFC)から撮影された写真に西の壁面が見えており、WTC7の南西の角の24階、25階そして39階から46階までの損傷が見える。

Fig5_17
図5-17 世界金融プラザから見た、ビルディング南西の角の被害とWTC7の南面からの煙の噴出。手前のWFC3の被害に注目。コピーライト:2001年 Arquelio "Archie" Galarza
カマボコ型の建物がWFC内にあるウインター・ガーデン。その左はWFC3。中央の煙を噴き出している茶色のビルがWTC7。その右がWFC2。

WTC1の倒壊の後、9階の南側に沿って歩いていた消防士の証言によると、9階の壁面では南西の角にだけ被害があった。ビルディング外部からの消防士の目撃証言によれば、およそ8〜18階はなんらかの被害を受けていた。他の目撃証言は南の壁面にさらに被害があったと述べている。

5.5.3 WTC7 の火災

現在のところ、WTC7の火災の発生と進行については限られた情報があるだけで、火災の間中、何が燃えていたかとゆうことについても同様である。火災はWTC1の崩壊による瓦礫によって発生したようである。

消防関係者によれば、火災が発生しているのが最初に見えたのは、WTC7の非連続の、およそ6、7、8、10、11、と19階の南側の各所であった。低い階における火災と煙の存在はWTC7についての早期のテレビのニュース報道でも確認でき、それを見ると、明るい色の煙がWTC7から上がっている。

ビデオ映像から分かることは、当時、ビルディングのほかの面とは対照的に大部分の煙が南側から出ていることである。これは午後3時36分に撮影された、5-17図の写真でも確認できるが、WTC7の南面が濃い煙の雲に覆われていて、WTC7の西面では27階と28階から少量の煙が出ているだけであるのが分かる。

午後1時30分より後のニュース報道では、明るい色の煙が、建物の南面の上部階の開口部から流れ出ているのが見える。南西から撮影した、午後3時25分のスカイラインの写真(5-18図)は、多量の暗い色の煙がWTC7全体から、低い階の部分からは白い煙が出ていることを示している。火と煙の広がる様子は明らかになっていない。しかし、それは、建物内部の(エレベータシャフトのような)縦坑、被害を受けた南面の階と階の間、または他の内部の開口部分を通じてだけでなく、床と外壁との接続部分からも広がったかもしれない。

Fig5_18
5-18図 多量の黒い煙がのぼる WTC7、ちょうど WFC1(左)の背後に見える。ずっと少ない量の白い煙がWTC7の基からあがっている。より低い位置に注目すると、より明るい色の煙は(右向きの)があるがこれは崩壊した2つのタワーからのものと思われる。コピーライト:2001年 Arquelio "Archie" Galarza
手前はハドソン川。画面左の大きな白いビルがWFC1でその左側に茶色のWTC7が少しだけ見えています。中央の煙の中に見える黒いビルはドイツ銀行(バンカーズ・トラスト)。

ベッシー通りの20インチ本管が破損したため現場の水の利用は制限されたと思われる。WTC7のスプリンクラーは働いていたが、複数の階の火災の進行と広がりを制御するには十分な水量がなかったと思われる。付け加えると、崩壊したタワーがWTC7に及ぼした損傷の存在も手伝って、消防隊はまったく早期に消火活動をしない決定をした。したがって、火災は、自動的または人手による消火活動はまったくされずに、一日中進行した。

写真とビデオの検討から、建物の北、東、そして西の面で小規模の火災があったことが分かっている。北西に約4ブロック離れた30階のアパートから見た目撃者は、その方向からは建物内の火災は見えなかったと指摘している。消防隊員が南側から火が広がるのを見た低い階のいくつかでは、東西方向に壁があったらしく、少なくとも5階と6階では、北側を南側から区切っていただろう。これらの階では、東と西の壁に沿ってまた部分的に北の壁に沿って空気の充満した空間があって、窓があったにもかかわらず、(東側、西側、北側で)火災がこれらの階から広がるのを制限したと思われるし、したがって、南側以外からは火災は見えなかった(*)

* ... fires from extending out of these floors and, therefore, were not visible from sides other than the south.「火」ではなく煙の噴出を含む「火災」であることを示すものが見えなかったという意味。

時間がたって、東の壁面では、11階、12階と28階で ほのお が見えた(5―19図を見よ)。証券取引委員会は11階から13階を使っていた。崩壊前、少なくともWTC7の北の壁面と東の壁面のより低いいくつかの階で、ほのお が窓を破って噴き出すのが見えた。

Fig5-19
5-19図 WTC7の東面の11階と12階の火災。コピーライト:2001年 スティーブ=スパック/911 ピクチャーズ

北の壁面については、写真とビデオで分かることは、だいたい 7階、8階、11階、12階、そして13階で火災が起きていることである。アメリカン・エキスプレス・バンク・インターナショナルは7階と8階を使っていた。7階には、また、OEMの発電機とデイタンクがあった。西の壁面の写真では、火と煙が29階と30階に見える。

5階から7階に建物全体の構造を支えるための重要な構造部分があることに注目することが重要である。5階と7階には、荷重伝達用の大梁とトラスがあって、建物を(上下に)区切る階であった。これらの階はWTC7上部のオフィスビル部分の荷重を、オフィスビル部分の建築前から存在する(下部の)構造部材や基礎に伝えていた。建物の5階と7階の火災の被害は、ゆえに、建物の基本的な構造要素へ損傷を及ぼすことができたのである。

現在利用できる情報は限られているので、この建物における火災の進行については追加的な研究が必要である。火災はWTC1の崩壊からWTC7の崩壊までの間の大部分の時間低い階におきているのが観察された。現場の限られた水の便のためスプリンクラーは効果的でなかったようであったし、消防隊員による消火の努力はまったく早期から一日中停止されたので、火災の進行は目に見えて抑制されることはなかった。

利用できる情報によれば、火災は水平方向と垂直方向に一日を通して広がったことが分かる。広がり方は、ほとんどは、被害を受けた南壁面沿いに、または、建物内部の縦坑または床スラブと外壁との すきま を通して、広がったようである。これらの低い階で、およそ7時間にわたり燃え続ける事を可能にしたどのような可燃物が存在したかは今のところ明らかでない。あの日、煙の色と浮揚性が変化したことは火災の様子が変わったことを示している。より暗い色は、例えば油を含むようなものからなる違った種類の可燃物、または換気の制限を示している。炎の浮揚性の増加は熱の発散の割合(または火災の規模)も増大したことを示唆している。

これらの目に見える火災の様相の変化の背後にあるメカニズムは、今のところは知られていないので、さらに、いろいろなシナリオが研究される必要がある。これらは、いろいろな階での貯蔵物の材質に関する追加的な情報の収集、つまり貯蔵物の量と燃焼力とか、書類保管庫、磁気テープ保管庫、その他のように、密集した貯蔵箇所の存在とかについての情報の収集を含むものである。合わせて、さらなる分析は、落下した瓦礫によって燃料配管が切断されたかどうか、また燃料ポンプが作動し燃料を切断された配管から流出させることができたかどうかを確定するために、発電機の燃料タンク、燃料の配管、燃料ポンプ、そして発電機の明確な位置の情報を必要としている。

5.5.4 WTC7の崩壊の経過

WTC7は火災発生からおよそ7時間後、ビルディングが倒壊した。崩壊の過程の始めの時間は17時20分33秒を元にしているがこれは表1.1(第1章)に記載されている地震計に記録された時間である。図ごとの時間の違いはビデオテープから得た時間によって近似された。図5-20から図5-25は観察された崩壊に関連した出来事を図示したものである。

〜午後5時20分33秒 WTC7が崩壊し始める。図5-20の屋上の東側と西側の2つの機械室(ペントハウス)に注目。

Fig5-20
図5-20 北から見たWTC7。2つのペントハウスは無傷。コピーライト:ROBELTO RABANNE

〜午後5時21分03秒 約30秒後、図5-21は東側のペントハウスがビルディングの中に消えた事を示している。東側のペントハウスが完全に「消える」のに数秒かかった。

Fig5-21
図5-21 東の屋上機械室(ペントハウス)が崩れた。(ビデオより)コピーライト:ROBELTO RABANNE

〜午後5時21分8秒 約5秒後、西のペントハウスが消えた(図5-22)かWTC7の中に沈んだ。

Fig5-22
図5-22 東側のそして今度は西側の屋上機械室が崩れた。(ビデオより)コピーライト:ROBELTO RABANNE

〜午後5時21分9秒 西のペントハウスがWTC7の中に沈んだ1または2秒後、ビルディング全体が崩壊を始めた。最初の崩壊のきっかけが起きたと思われる位置でビルディングが崩れ始めたので南北方向の「引きつれ」または断層が東の側面に沿って発達した(図5-23と5-24を見よ)。

Fig5-23
図5-23 北側から見たWTC7の「引きつり」または破綻の進行。(ビデオより)コピーライト:ROBELTO RABANNE

Fig5-24
図5-24 荷重伝達トラスが破綻した可能性のある範囲

〜午後5時21分10秒 およそ7時間燃え続けた後WTC7は完全に倒壊した(図5-25)。崩壊は低い階で始まり上部の構造を倒壊させた。

Fig5-25
図5-25 WTC7の倒壊で生じた瓦礫の雲。コピーライト:ROBELTO RABANNE

WTC7の崩壊により生じた瓦礫は主に西側のベリゾン・ビルディングの方向と南側に広がった。瓦礫は北側の30ウエスト・ブロードウエイ(ビル名)に著しい被害を与えたが北側のバークレー通り101番のアービング・トラスト・ビルディングや東側のチャーチ通り90番の(US)ポスト・オフィスにたいしては建物構造に被害を与えなかったように見える。平均的な瓦礫の広がりの範囲(*)は70フィートであった。図5-12(C)と図5-26はWTC7崩壊後の瓦礫のおよその広がりを示している。

* average debris field radius おそらくは外側に飛散した瓦礫の外縁までの壁面からの距離の平均値

Fig5-26
図5-26 WTC7の倒壊後に生じた瓦礫。

5.6 考えうる崩壊の仕組み

5.6.1 確かと思われる崩壊の開始の出来事

WTC7は、WTC1の倒壊の約7時間後倒壊した。水利の欠乏のためにFDNYによる人手による消火作業が行われなかったというのが予備的な指摘であった。

第5.5.4節はWTC7の崩壊の経過について記述した。描かれた経過は、ビルディング内部の低い階の東側の部分で起きた最初の(きっかけの)破綻の結果としてのビルディングの崩壊ということとつじつまがあう。ビルディングの中のどこで、あるいはどの階で最初の破綻が起きたという確実なことの明確な証拠はない。可能性は、階に基づいて3つのシナリオに区分できる。いずれの場合も関心事はビルディングの東側の低い階の1箇所のトラスと1本以上の柱の破綻の両方についてである。各シナリオは既知または未知の条件に基づく仮説であり、その条件はその仮説について妥当であることが必要である。これらのシナリオは結論として提示されるものではなく更なる研究の基礎として提示される。

4階のシナリオ。荷重伝達トラスの一番下の桁は5階の床スラブを支える一部であり、したがって、5階の床スラブと4階の天井との間にあって下部からの火炎にさらされる位置にあった。一番下の桁の部材は大きな部材であり長さ1フィート当たり1000ポンドちょっとの重量があった。そのような部材が火炎のなかでゆっくり熱せられた。これらの一番下の桁は耐火であったと報告されている。下部の空間はセルフサービスの食堂であった。利用できる最良の資料は食堂にはテーブルと椅子が備えられていたことを示している。これらの備品を巻き込んだ火災の激しさと継続時間はトラスやトラスを支える柱を弱めるのに十分であるとは予期されなかっただろう。4階の火災の結果として部材が崩壊するには、かなりの(備品以外の)追加的な可燃物があったことか、トラスか柱の耐火に問題があったかのどちらかが必要である。5階からの燃料油の漏出の可能性もある;しかし2階の東端には漏出の経路の証拠はなかったと報告されている。

5階のシナリオ。構造工学の観点からは、もっともありそうな出来事は5階と6階の東の端に位置するトラス1とトラス2、あるいはトラス1またはトラス2の崩壊であっただろうと思われる。これらの階には、非常用発電機のディーゼル燃料以外の可燃物があったとしても少量しかなかったと考えられているので、ディーゼル燃料による火災が起きていた可能性がある。第5.4節で述べたように、非常用発電機の送油設備はより低い階にあるタンクから燃料油を配管を通じて発電機に送っていた。荷重伝達トラス周辺の火災の原因としてよりそれらしいものはSSBの送油設備であった。SSBのポンプは50psiの圧力で75gpmの能力をもつ容積型ポンプと報告されている。5階では燃料油は二重構造の鉄製のパイプで配管されていた。配管の一部はトラス1のすぐそばを通っていた。しかし、配管設備からの燃料油の流出を立証するような、あるいは反証するような、物的な、写真によるまたはその他の証拠はない。

次は、それゆえ、はっきり示された事実というよりは可能性に基づく仮説である。配管が切断され最大限の75gpmで油が5階のトラス1の近くに流出したと仮定する。75gpmの(の割合で流出する)ディーゼル燃料はおよそ160メガワット(MW)のエネルギーをもっている。もしこの燃焼するディーゼル燃料がプールをトラス1の周りに作ったとしたら、トラスの部材を標準的な耐火試験用加熱炉で得られる温度を著しく上回る温度にさらした可能性があるだろう(付録A を見よ)。流出の開始時点に供給元のタンクが満タンだったとしたら、この流出を約3時間継続するのに十分の燃料の量であった。もしパイプの破損が不完全で流出が少ないなら、流出する燃料の見込まれる燃焼率はより少なくなるだろうが継続時間はより長くなるだろう。30gpm(約60MWのエネルギー相当(*))の流量でさえ、トラスの部材を鋼鉄を徐々に弱める高温にさらすことができる。上の理由から、トラス1とトラス2、またはトラス1またはトラス2を囲む流出して燃焼するプールとなったディーゼル燃料について、ビルディングの倒壊の考えられる原因としてさらに評価されることが必要と思われる。

* about 60 MW potential

燃料油による火災が倒壊を引き起こした可能性を評価するには、次の出来事が起きたかどうか確認することが必要である:

さらにWTC1とWTC7の倒壊の間の長い時間の経過の説明を助ける仮説は、コンクリートブロックの壁とドアが何時間にも及ぶ火災に耐えたあと、しかしついに破壊されただろうというものである。新しい開口部は火災が(継続して流出する燃料油の供給を依然として受けて)機械室に広がることを許容し耐火処理のされたトラスの部材を包み込んでついにはそれらの一つまたは両方の座屈(*)を引き起こした。このことを引き起こすのに十分なだけ長く火災が継続するためには、流出率はおよそ30gpmでなければならない。30gpmの流出の場合、燃料油は約7時間流れ続け約60MWの火災を生み出すだろう。このようなシナリオが起こりうる可能性は壁、ドア、そしてトラスの耐火処理についての具体的な構造の詳細に依存するだろう。

* buckling collapse

他の新しい仮説は、タワーの倒壊による破片でより大きな被害を生じた南西の隅に近い位置で燃料の配管が破片によって貫通されたというものである。この結果燃料油が5階へ流出しただろうが、すぐには着火しなかった。しかし、SSBのタンクにあった12000ガロンの大部分が5階に送り込まれて大きな(燃料油の)プールを形成しただろう。いずれかの時点でこれが発火して要求される火災を生み出しただろう。この仮説はタワーの破片の衝突によって最も被害を受けた部分でパイプが破壊されたという仮定と最初の出来事からWTC7の倒壊までの長い時間の遅れの説明がつくのが強みである。重要な課題はそのような火災はトラス3をより厳しい条件に曝すだろうということである。もしトラス3が崩壊の始まりの箇所とすると、東側のペントハウスが沈下したという崩壊の最初の兆候は期待できない。

3階から5階にかけての火災の評価は、窓がないし、放熱孔はあるが通常は内部の空間と放熱孔の間の直接の視界を機械や電気機器が遮っている。これらの階であった火災を示す写真記録は今のところない。

上に述べたシナリオが実際に起きたか起きることができたかを確定するためにさらに研究が必要である。

他の関係する階のシナリオ。 他の階に火災があったことが分かっている。もしこれらの階の一つで火災が階の東側の部分にある数本の柱の周囲に存在した集中した多量の可燃物を巻き込んだとしたら、構造部材の強度低下を引き起こすのに十分に厳しい条件であったかもしれない。そのような可燃物の集中とは、コンピュータ用のメディア保管庫、公文書保管庫、そして記録収納庫、保管庫または保管室、またはその他の収蔵物であったかも知れない。同じ階の少なくとも2本またはたぶんより多くの柱の破綻が崩壊を引き起こすのに十分であった可能性はあるだろう。

5.6.2 ありうる倒壊の経過

東側のペントハウスがビルディングの中へ消えたことが示すように、WTC7の倒壊はビルディング内部の東側で始まったように見える。これに続いて西側のペントハウスが消え、断層または「引きつれ」がWTC7の東半分にできていった(図5-23、5-24を見よ)。そして崩壊は低層階ではじまってビルディングは完全に地上に崩れ落ちた。この経過から、崩壊は内部の低層階で始まり上向きに進んだと思われるが、それは断層が低い階から屋上に伸びたのを見ても分かる。(*)

* 参考として。"9-11 Research > 9-11 WTC Videos"にある、"Building 7 collapse mpeg"(1.7MB) ではビルの左側(東側)に下方から白い縦線="kink"が延びてくるのが分かります。同ページの "CBS video of Building 7 collapse"(1.4MB) ではペントハウスの沈下が良く分かります。

その日の一日中、火災はさまざまの構造部材を高温に曝しただろうが、それは破綻を起こすまで強度を低下させるのに十分の長さの時間だったかもしれない。見られたような倒壊を導いたと思われる構造部材で最もそれらしいのは5階と7階の間にある荷重伝達トラスであり、それらは断層または「引きつれ」のできた場所に接近した東のペントハウスの下方の低い階に位置したのである。

崩壊がこれらの荷重伝達トラスから始まったとすると、ビルディングが内側に崩れたことや、ビルディングの外壁が下方に引き落とされたのに生じた瓦礫の広がりが限られたものであった理由を説明できるだろう。それから崩壊は西に向かって広がっただろう。ビルディングはこの時点でビル全体の崩壊を導く広範な内部の骨組みの破綻を起こしていただろう。北の壁面に沿ってあった片持ち伝達桁、5階と7階の強固な仕切り板(としての床構造)、そして梁とビルディング周囲の柱の台座接合は、荷重伝達トラスの崩壊後は過荷重となっており、内部の崩壊を引き起こしそれはすべての階そして外側の骨組みへ広がって行っただろう。5階と7階の間の骨組み構造はビルディング全体の構造上の性能について決定的に重要なものであったと思われる。

一つの代替のシナリオでは、崩壊は水平のまたは斜めの部材から始まった。水平の部材には、トラスを引っ張って結び付けている部分と5階の東側のトラス1(T-1トラス)の伝達桁を含む。斜めの部材が5階と7階の間に渡されていて、それは2階の高さの空間の機械室内に位置していた。東の片持ち荷重伝達桁の水平の門構え型の差し渡し部分(*)はおおよそは「引きつり」に沿った位置にあってトラス1(T-1トラス)が支える7階の水平の桁の上にのっていた。たとえ片持ち伝達桁が崩壊の経過の始まりとしても、門構え型の差し渡し部分の破綻が、観察されたような東側のペントハウスの沈下を引き起こすことはありそうもない。

* The horizontal haunched back span of the eastern cantilever transfer girders(原文通り) は "The horizontal hunchedback span of the eastern cantilever transfer girders" かも知れません。

WTC7の倒壊は、骨組みを「皮をむくよう」に瓦礫を外側の広い範囲に降らせたWTC1やWTC2とは違っていた。WTC7の倒壊は外壁が下向きに引っ張りこまれたのに少ない瓦礫の広がりしかなかったが、これは内部の破綻と内側に向かう破壊を示唆している(*)

* suggesting an internal failure and implosion

示した崩壊の仕組みを確かなものにするために、構造工学的な分析と可燃物の、また期待される温度と継続時間の違いによる火災のモデリングが行われることが必要とされるだろう。具体的な可燃物の量、場所、落下した瓦礫の衝突の可能性、そのほかを確かめるために、火災と鋼材の相互作用に関して、特に低い階(すなわち1階から12階)について、さらに研究が始められるべきである。保管庫の場所、文書庫の可燃物質、燃料配管について、そして切断された配管への送油ポンプの送油の可能性についてさらに調査が必要である。

5.7 知見と発見

このオフィスビルディングは変電所と発電設備の上に建設され、その大きさに比して少ない商用スペースを運用していた。それはまた、かなりの量のディーゼル燃料を貯蔵していたし、重力荷重と水平荷重のための水平方向の伝達部材が多数ある骨組み構造をしていた。

ビデオテープで東側のペントハウスが消えたことは、荷重伝達系のどれか一つで構造的な強固さが失われたことによって崩壊が始まったことを示唆している。構造的な強固さの喪失は、たぶん5階から7階の火災によって引き起こされた弱体化の結果である。WTC7の火災の詳細と火災がどのようにビルディングを崩壊さえたかは現時点ではまだ不明である。建物内にあったディーゼル燃料の全体は大きな潜在エネルギーを持っていたが、最良の仮説が起きる可能性は低いものにすぎない。さらなる調査、研究と分析がこの問題を解決するために必要である。

WTC7の倒壊はWTC1やWTC2のそれとは異なっていた。2つのタワーは、基本的にその外側の骨組みを外に「むく」ように瓦礫を広い範囲に降らせながら、最上部から低層階に落下していた。対照的に、壁面が真っすぐに落下したので、WTC7の倒壊は比較的少ない瓦礫の広がりであり、内部の崩壊を示唆している。ビデオ記録の検証は低層階の東側から崩壊が始まったことを示している。WTC7の研究は、変電所の骨組み構造の上に位置する主要な荷重伝達部材の破綻または荷重伝達構造の上部の階の柱の破綻を経て崩壊は低層階で始まったことを示している。荷重伝達トラスに起因する強度の喪失ということで、建物内部で始まった崩壊に伴ってビルディングが内向きに破壊されたことは説明できる。崩壊はそれから西に広がって内部の部材を破綻し続けさせた。この時点でビルディングはすでに広範に渡り内部構造を破綻させており、北壁面に沿った片持ち荷重伝達桁、5階と7階の強固な仕切り板(としての床構造)、そして内部の梁とビルディング外回りの柱との間の台座接合を含むビルディング全体の崩壊に導いたのである。

5.8 推奨次項

最終結論に達しWTC7の性能の追加的な研究と関連するビルディングの性能の論議がなされる前に確実な論点が検討されるべきである。これらには次を含む:

5.9 参考文献

Davidowitz, David (Consolidated Edison). 2002. Personal communication on the continuity of power to WTC 7. April.

Flack and Kurtz, Inc. 2002. Oral communication providing engineering explanation of the emergency generators and related diesel oil tanks and distribution systems. April.

Lombardi, Francis J. (Port Authority of New York and New Jersey). 2002. Letter concerning WTC 7 fireproofing. April 25.

Odermatt, John T. (New York City Office of Emergency Management). 2002. Letter regarding OEM tanks at WTC 7.

Rommel, Jennifer (New York State Department of Environmental Conservation). 2002. Oral communication regarding a November 12, 2001, letter about diesel oil recovery and spillage. April.

Salvarinas, John J. 1986. “Seven World Trade Center, New York, Fabrication and Construction Aspects,”Canadian Structural Engineering Conference.

Silverstein Properties. 2002. Annotated floor plans and riser diagrams of the emergency generators and related diesel oil tanks and distribution systems. March.

(訳 msq 2006/07)


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