『自然環境アセスメント技術マニュアル』にてらして

 環境省が環境アセスメントをする場合参考にするようにと薦めている『自然環境アセスメント技術マニュアル』(自然環境アセスメント研究会編著 1995年)の中で「フォトモンタージュを作成することを前提とした現況写真の撮影」についてどのようにすべきといっているか調べてみました。

 たとえば長野県の環境評価技術委員会に対してJR東海の担当者は『自然環境アセスメント技術マニュアル』にしたがったといっているし、東京、静岡、神奈川、愛知、それから山梨の一部についてはこのマニュアルのやり方に一応はしたがっているといえます。

 マニュアルは法律ではないのでこれに従わないから違法だとかいう問題ではないと思いますが、一流企業がまさに国家的規模の事業を行う以上は尊重すべきものだと思います。

マニュアルの要点

(1) 「景観の分野では視野60°コーン説が一般的に用いられ」「35mmサイズのフィルムを使用した場合」「焦点距離28mmもしくは35mmレンズが人間の視野に最も近いとされている」。(p367~368)

 主な35mmフィルムを使う一眼レフ用レンズの種類と画角の表(下記=抜粋)があって、


焦点距離対角線垂直水平
広角28mm75°46°65°
広角35mm63°38°54°
標準50mm46°27°40°

28mmレンズは水平画角が65度で60度よりやや大きく、35mmレンズは対角線画角が63度となり、水平画角が54度となる35mmが実用上、適正な焦点距離となるはずで、次の(2)の説明になります。

(2) 「写真を用いて現場の景観をできる限り再現する為には、写真の大きさや見る人間の眼と写真との距離も大きく関与してくる。実際には35mmレンズで撮影した写真では四つ切サイズに引き伸ばして約30cm程度離して見るのが妥当とされている。」(※)「フォトモンタージュ等見えの変化量に対する人間の視知覚心理学的評価を確認する視覚資料を提供する場合には、できる限り前述したような条件を考慮して掲載する写真のサイズを決定すべきであるが、紙面等の関係で本文中には適正なサイズの写真が入れられない場合には、少なくとも巻末資料に載せるなどの配慮が望まれる。」(p369)

このページで孫引きをしていますが、カッコの部分は『フォトモンタージュのトリックを検証する』というページの作成者が付け加えたものと思われます。

(3) アセスメント文書へフォトモンタージュと現況写真だけでなく「景観資源や視点の特性を視覚的に紹介するための写真や、事業地一帯の主要な景観要素をとらえ現場の雰囲気をより正確に伝えるための写真等々」も掲載すべきで、写真を掲載する目的や被写体に合わせ使用するレンズや掲載する写真のサイズは変更する必要がある。(p369)

(4) 「いずれの場合でも掲載した写真にはその画角と撮影年月日は最低付記すべきであり、できれば撮影時間、用いたレンズの焦点距離、フィルム感度等も付記しておくことが望ましい。」(p369)

(5) 「また展望地等眺望範囲が広く、一枚の写真にの画面中に納まらない場合には、パノラマ専用のカメラを用いたり、複数の写真を水平に少しずつオーバーラップさせて撮影し、それらを1枚に貼り合わせたモザイク写真を作成して提示することも必要である。」(p369)

(6) 「撮影時期は景観の特性、視点の利用状況に応じて、最多利用季を選んだり、四季の変化が景観に明確に表われる期間(桜の開花、紅葉、積雪等)を選ぶなど、調査対象や現場の条件に合わせて適宜選定する必要がある。」(p369)

(7) 「撮影日としては、十分な視程の得られる晴れの日を選んで、撮影方向に対して順光または側光となる時刻に撮影する必要がある。」(p369)

(8) 「季節変化をとらえたり、継続調査時に事後調査を行うなど、後日同一ポイントから同一方向の写真を撮影する必要が生じる場合もあることから、撮影ポイントの位置と撮影方向、撮影条件を明確にしておくことが必要となる」(p370)ので現場で撮影記録をつけることが望ましい。

JR東海はマニュアルにしたがっているか

 東京、神奈川、静岡、愛知は35mmレンズを使用するという点ではマニュアルどおりにしていると思われます。ただし、四つ切大で提示という点では疑問です。そして、撮影年月のうちの「日」は示していません(これは全地域共通)。画角の判断できる撮影データは掲載しています。

 長野では、撮影データはまったく示していませんからマニュアルどおりではありません。また実際にはほとんどの場合に28mmレンズを使用したにもかかわらず35mmレンズを使用したと県の技術委員会に報告しています。長野県の指針は「35mmフィルムの場合には、35mmから28mmの広角レンズで撮影すると、撮影範囲が人間の視野(約60度のコーン)に近くなる。ただし、このようにして撮影した写真は、概ね四つ切り程度に引き伸ばした時に実際の視覚的印象に近いものとなる。」としているので28mmも可ととれますが、「四つ切」ということを言っているのですから自然環境調査マニュアルを意識しているはずですから28mmレンズを使用する理由にはなりえないと思います。他の地域では35mmレンズを使用しているし、そして、JR東海の長野県の担当者が35mmレンズを使用しましたといっている以上、28mmレンズを使用したという事実は手違いであるので、撮影をやり直すか、それと同等になるような画像操作(トリミング)をして、その事実を明らかにすべきでしょう。

 山梨では、35mmレンズを使用している予測地点とパノラマ写真を使用した予測地点があります。パノラマを使用した地点についてみると、(5)の条件に当てはまらない場合がほとんどで、かつどの地点も35mm画角でフォトモンタージュは作成できるはずです。(5)の記述の位置、内容からフォトモンタージュは35mm画角が基本という考え方、どちらでもよいという考え方もできるでしょうが、私は35mm画角が基本と言っているように思えます。パノラマ写真で(2)の条件を満たすには横幅が1m前後の写真を30cmの距離で鑑賞するか、10cm以内の至近距離でみるかです。事実上それは無理ですから、適正といわれる大きさよりかなり小さな画面で見ることになって遠近感が誇張されることになり、リニアの場合では構造物が過小にみえるはずです(小穴純氏による鑑賞距離についての解説)。

 岐阜ではすべての地点でパノラマ画像でフォトモンタージュを作成しています。パノラマを使用した地点についてみると、(5)の条件に当てはまらない場合がほとんどで、かつどの地点も35mm画角でフォトモンタージュは作成できるはずです。岐阜県の場合、パノラマ写真の縦横比は写真ごとに違っているので、写真ごとに画角が違うはずです。当然、画角を付記すべきなのですがしてありません。見る側は撮影レンズの焦点距離が記載してあっても、パノラマ合成した写真の正確な画角を知ることはできません。構造物の大きさを判断するには画角を知る必要があります。パノラマ画像が原因の問題は山梨の場合も共通です(後述の神奈川も)。

 神奈川で追加されたフォトモンタージュの2枚のうち1枚は、撮影位置が違う写真を一枚に合成している点で撮影ポイントの位置を明確に記録していなかった(8)といえるでしょう。残りの1枚は、パノラマ画面作成にあたり画面を水平にオーバーラップさせることに失敗しています(5)。マニュアルには記載されていないことですが、準備書でコンピュータグラフィックで作成した構造物の画像を現況の風景の写真に重ね合わせるという方法を使った以上、追加のフォトモンタージュも同様の方法、同等の品質で行うのは常識だろうと思います。品質の低下、技術の低さを隠そうとするような小さなサイズのパノラマ画像を掲載するようなことはもってのほかと思います。

(2014/05/22)