誤解のみなもと? 「どきどきリニア館」

 「どきどきリニア館」は山梨県立リニア見学センターが今年新装開店したリニアの展示、見学施設です。最近、やっと見学することができました。

先端技術、超電導で浮上!

 たまたまなのですが、入館すると2階の「超電導ラボ」前へ集まるようにという館内放送がありました。いってみると、「超電導コースター」というジェットコースターのようなコースがあって、超電導の実験がはじまるところでした。実験終了後、人垣がなくなってから撮影した実験装置。

リニア見学館の「超電導コースター」の動画を見つけたのでリンクします。Youtube:超電導実験。ちょっと前の映像みたいです。説明者は青い制服でした。

まったく別の場所ですが同様の実験の動画。Youtube: フジクラ 超伝導磁気浮上デモ 。もう一つは Youtube: 【リニア技術を発展させた次世代鉄道 超伝導浮上列車】。どちらもタイトルは「超伝導浮上」。(2014/11/29 追加)


 コースの表面には強力な磁石(ネオジウム磁石)が並べてあります。右のほうにある青いアイスボックスは、超電導体を液体窒素で冷やすためのもので、中から取り出したリニア車両を模した超電導体をコースの一番高いところに置くと浮き上がって、正確にいうとコースから一定の高さを保ったままで、います。坂の方へ押し出すと、坂を下る勢いだけで、コースから外れずに走り続けます。めったに見ることない不思議な光景です。

 実験をしてみせる解説者は、リニアの模型が浮き上がっているのは「ピン留め効果」によるものであって、実物のリニアの浮上原理とは違うときちんと説明しています。でも観光バスで乗り付けた観光客のうち何パーセントの人がこの言葉を覚えているでしょうか。この実験でリニアの技術に関連して正しいといえることは超電導状態は超電導体を強力に冷やし続けないと維持できないということだけです。その点はちゃんと実験のなかで示しています。それでも大半の人が抱く感想は「日本の先端技術、超電導はすごい!」だったりして。

実は大変、浮上させる力

 「超電導コースター」の隣には、「超電導リニアのしくみ」という円筒状の展示物があります。磁石とコイルの特性の説明からリニアの浮上の仕組みなどを説明する体験型の展示です。それぞれ装置の手前のハンドルを回転することで実験が体験できます。コイルが作る磁力線のようす。渦電流による作用。回転モーターとリニアモーター。浮上原理。カーブを曲がる原理(ヌルフラックス)。

 もっとも重要なのは浮上の原理。こんな装置です。


 リニアの模型の車体側面には永久磁石が付いています。リニアの模型の左右のリングには銅線を上下に「8の字」に巻いたコイルが並んでいます。それぞれの巻き始めと終わりは接続してあります。コイルは横隣同士はつながっていません。もちろんコイルに電源にはつながっていません。このリングがガイドウェイのかわりです。車体を走らせるかわりにリングを装置の手前のハンドルで回転させます。赤い表示「000」は回転数を「km/h」で示しています。写真の状態、動いていない状態では車体は台にくっついています。


 リングが回転して表示は「129km/h」を示しています。リニアの模型が少し浮き上がっているのがわかります。この表示の速度でハンドルを回すのは結構大変です。

 つまり、まず車体が前でも後でもよいから高速で動き続けていないと浮上しないのです。だから、この展示のまえに、動かし続けるための仕組みの説明があります。それが「リニアモーター」です。


 こちらの場合はコイルに電源から電気が流されます。どのコイルに電流が流れているかLEDの表示があります。コイルに流れた電流が作る磁力によって車体が動きます。つまり結局、横方向に移動させるための電力の一部で車体を持ち上げているのです。だから低速走行では車輪がどうしても必要です。

 つまり、超電導リニアは、超電導コースターのようなマジック的な作用ではなくて、結構、エネルギーをつかう仕組みで浮き上がらせているわけなのです。浮上させると機械的な摩擦や抵抗はゼロになるのですが、機械的な抵抗がなくなったかわりに、浮上原理の展示でハンドルを回して体験できるように(※)、そういう余計な仕事が新しく出てきたのです。

※ もちろんリング=ガイドウェイ側を動かすというのは車体を横に動かす仕事も含まれているのであって、ハンドルを回す仕事の全部が浮上させるためのものではありません。しかし高速にならないと浮上しないのですから浮上するのにエネルギーを使っているのは明らかです。

 産業技術総合研究所の阿部修治さんはこれを「磁気抗力」といっています。阿部さんによれば「磁気抗力」は機械的な抵抗より大きいと指摘しています。そのほかリニアモーターの構造から、電気的な無駄も多いので(※ 補足参照)、同じ300km/h程度でもリニアのほうが電力消費は大で、速度が上がると大幅に増える空気抵抗によって、500km/hであれば4.5倍も電力を消費すると指摘しています。

 もし、展示で説明するなら、この浮上の原理の装置で、車体の模型に取り付ける磁石に超電導体を使った場合と普通の磁石を使った場合の比較をするというのが実際のリニアでの超電導体の利用を正確に示すことになるはずです。

 「どきどきリニア館」の展示でも注意深く見るなら、「先端技術、超電導はすごい!」がかなり怪しい理解の仕方であることがわかるはずです。

(2014/10/30)

補足


 写真の右のほうに「ひらくと」と書いていあります。リニアモーターは回転式のモーターの外側のコイル部分を直線状に「ひらいた」ものという説明は正しいと思いますが、実はこの実験装置にはちょっとおかしな点があります。新幹線や従来の鉄道ではモーターと車輪の間には歯車があって力を伝えています。レールの上で車輪が回転することで車体が進みます。この装置では車体そのものがモーターの回転する部分となって円形に配置されたコイルの中を走っています。そんなことは現実にはありません。

 その点を考えに入れると、回転式のモーターはリニアモーターに比べるとサイズがかなり小さいといえます。逆にリニアモーターは非常に大きいといえます。

 また、回転式のモーターは、この実験装置についていえば、20数個のコイルの内側を1つの車体が回転するのですが、実際にはもっと多数の車体がリング状につながってぐるぐる回っているのと同じなのです。その場合はすべてのコイルが車体に力をあたえて働いています。

 リニアモーターでは、車体と向き合ったコイルだけが働いていて他のコイルは電気が流れていても遊んでいるわけです。その場合でもコイルは普通の銅ですから抵抗があってわずかとはいっても電力を消費します。実物では3400個のコイルに電流を流してそのうち200個だけが働いているとのことです(阿部「磁気浮上式鉄道の技術評価」)。新幹線16両で、車軸は64個、モーターも64個として、各モーターにコイルが仮に3個とするとコイルの数は192個。192個のコイルは常に働いています。遊んでいるコイルはありません。

補足:N700系16両では先頭と最後尾以外の14両の全部の車軸にモーターがあるので56個だそうです(新幹線お仕事図鑑)。コイルの数は実際はモーター1個につき36個(日経ものづくり:三和電機)。2016個のコイルは常に働いているわけです。コイルの数でいえば、リニアが3400とN700 系が2016ですが、モーターの大きさと仕組みがまったく違うので勘違いしないように。電流が流れていても仕事をしていないコイルが94%もあるのが無駄という意味です。

(2014/10/31)


(補足 2014/11/05) 浮上原理についてJR東海の「リニア鉄道館」には次のような展示があるそうです。


(補足 2014/11/29) 地元紙『南信州』にこんな記事がありました。

小学校でサイエンスショー
 飯田市立松尾小学校で27日、サイエンスショーが開かれ、5年生(141人)が2クラスずつ分かれて科学実験を行った。・・・実験では、空気中にあるチッソを液体にした液体窒素で超電導体を冷やすことによって磁石が反発し2センチ浮上することを体験し、リニアの原理を学んだ。・・・(『南信州』2014年11月28日 第3面)

 この行事は松尾地区まちづくり委員会青少年健全育成会の事業として行ったもので、講師は市内の「かざこし子供の森公園」で定期的に子供向けに科学実験をしている「おもしろ科学工房」のMさん。27日は木曜日ですから学校の授業時間内に行われたということなのでしょう。

 Mさんがどういう説明をしたかはわかりませんが、こんな実験(※)をしたとすれば、山梨見学センターでやっている実験とおなじようにリニアの原理は違うと念を押さないと誤解される可能性が高いと思います。少なくとも『南信州』の記者さんは、「ピン留め効果」をリニアの浮上原理と誤解しているようです。そして、読者の大多数もそう思い込んでしまうのではないかと思います。「すばらしくて不思議な先端技術」が出来上がる仕組みの一端を見るような気がしました。

※ 「おもしろ科学工房」の活動レポートのページの「2013.10.20 Sunday 特別講座 「超低温の不思議な世界」 超電導とリニア」の写真。2段目の右端と3段目の左端の写真に注目。