甘すぎる写真の読み方

 リニア問題とは関係ありませんが。1月20日に2名の日本人が「イスラム国」の人質になりました。今朝の『中日新聞』、『信濃毎日新聞』(『信毎』)には、多分共同通信が配信した記事だろうと思いますが、同じ内容のことが書いてありました。

 それは、ユーチューブに掲載された映像についてのことです。

ビデオ映像 合成の疑い
 過激派「イスラム国」とみられるグループが公表したビデオ映像は合成、加工された疑いがあることが分かった。映像を分析した日本政府関係者が明らかにした。
・・・関係者によると、男性二人の影の映り方が不自然という。
 後藤健二さんの可能性がある男性は、左半身側に影が映っているのに対し、湯川遥菜さんとされる男性は、右半身側に影があるように見える。(『中日』1月21日、1面)

 問題の映像の1コマ。


 さてこの影のでき方はおかしいでしょうか?

 まず、太陽の光は無限の遠方から来る平行光線と考えることができます。だから、二本の棒が並んで立っていたとすれば、2つの影は平行にできます。次に、道路の左端の白線とセンターラインは普通は平行ですが遠方ほどすぼまって見えます。同じように二本の棒が並んで立っている正面から写真を撮れば、右の棒の影は左に、左の棒の影は右に写ります。

 二人の人物の影のでき方に関する限り不審なところはありません。素人でもわかる理屈です。

 NHKのニュースは次のようにいっています。

防犯カメラやドライブレコーダーの解析を警察などからの委託を受けて行う群馬県の民間企業「NCSI」の中島博史社長は、拘束されたとみられる日本人2人の映像について、「太陽光であれば、人の影は同じ方向に平行に伸びるが、左側の男性と右側の男性の影が、伸びる方向が違っていて、不自然だ」と指摘しました。

 『中日』や『信毎』と同じ見方です。

 このエピソードについて、『朝日』、それから『日経』や『赤旗』はいまのところ取り上げていません。

 NHK は、さらに、こうもいっています。

背景に写っている地面の画像を拡大したうえで、鮮明に見えるように解析したところ、地面に転がる石の影は右側に伸びていることが分かり、「人物の影と地面の石の影の向きも矛盾していて、少なくとも屋外で同時に撮影されたものとは考えにくい。映像は合成された可能性が高い」と指摘しました。(NHK Web 1月21日 18時43分 「専門家『石の影の向きも矛盾』」)

 画面を良くみると、確かに背景の左にある石の影は右にできています。しかし右側のほうはそうでもないようで、むしろ左側にできている。この中島社長さんは、地面の上に平行にできたものが先細りに見えるという原理原則が理解できていないようなのですが、石の影の説明について信用できるでしょうか。

 さてもとの画像をさらに良くみると、頭の影が、右の人物は読者からみて左側の肩に、左の人物は右側にできています。太陽の光線が差してくる方向は同じはずなのに影はそれぞれ反対にできているのです。この点について NHK は別のニュースで次のようにいっています。

画像処理の技術に詳しい東京工芸大学工学部の森山剛准教授は、映像に写っている2人の首もとを見ると、後藤さんとみられる男性は向かって右側に頭の影ができているのに対して、湯川さんとみられる男性の影は逆の左側にあり、照明を使わずに太陽の光のもとで撮影されたのであれば不自然だと指摘しています。(NHK Web 1月21日 6時47分 「脅迫の映像 “不自然な点”との指摘も」)

 同じビデオの別のカット。


 これをどう説明しますか? 頭の影は同じ向きにでています。これらの専門家と言われる人々は本当に実際の影のでき方を観察したことがあるのでしょうか。また影の部分の写真や映像での写り方というのは、目で見たよりははっきりする傾向にあるということを理解しているでしょうか。

 森山教授は次のようにもいっています。

2人が着ているオレンジ色の服を比べると、風を受けてなびく様子に違いがあります。

 「なびく様子」というよりは「はためく様子」だと思うのですが、左右のオレンジの衣服も、中央の黒い服も同じ風に吹かれているといって不思議はないと思います。(Youtube:FNNニュース の35秒から1分50秒付近まで)。風の波というのか脈というのか、衣服の動きの周期に共通した部分があるのでこの場合は3人とも同じ条件下にいると考えた方が妥当だと思います。

「人質の二人は体格が違います。当然、衣服と身体の余裕も違いますからなびく様子も違うのではありませんか。」は間違いでした訂正します。 2015/01/23

 中島社長はつぎのようにいったそうです。

「地球上どこでも衛星から観測した地形のデータがあり、背景に写った斜面の角度などから計算して、場所の候補地を絞ることが不可能ではないため、特定されることをおそれて合成したのではないか」

 ではどうして、室内で背景紙などで工夫して撮影しなかったのか。屋外でも衝立を置くとかすれば撮影できたのに。斜面の角度などから計算して地形データから撮影場所を特定できる技術などはたしてあるでしょうか。

 これらのニュースに登場した「専門家」の指摘はいずれも映像が合成されたということの根拠にはなりえません。

 本当に伝えるべき情報なのかどうか、マスコミの写真や映像の読み方についての見識が問われていると思います。こんな頼りない専門家もいるのだという事実を伝えた点は評価できますが、マスコミ、特にNHKにそういう意図があったかどうかははなはだ疑問です。

 政府が人質の居場所を割り出す努力をしない理由にはなりますね。

 人質になった方には気の毒なことです。すべてのことについて慎重さとか思慮とか配慮とかを欠く安倍政権だからこそ起きた事件のように思います。

(2015/01/21)

(補足 2015/01/22)"『毎日新聞』1月22日 07時30分" は次のように書いています。

・・・イスラム国の動向に詳しく、シリア北部に住んだ経験があるイラク人安全保障専門家、ヒシャム・ハシミ氏も、20日公開された映像について「背景の砂漠の状況などからラッカ周辺で撮影されたのは間違いない」と分析した。ただ、映像は合成された疑いも指摘されている。
 しかし、詳細な居場所の特定は困難とみられる。イスラム国に約10カ月間拘束されていた仏人記者は「12回以上場所を変えた」と地元メディアに証言。米軍主導の有志国連合やアサド政権の攻撃を警戒し、ラッカ周辺で頻繁に場所を変えている模様だ。
 米軍は昨年夏、ラッカ付近でヘリコプターから特殊部隊を降下させ人質を救出しようとしたが、目標地点に人質はいなかった。ラッカ周辺には、アサド政権や親欧米反体制派の地上部隊も不在で、救出作戦を実施するのは厳しい状況だ。

 『イスラム国』にとって合成する意味があるのかないのか、まして、日本の超優秀な「専門家」たちが頭を悩ますほど手のこんだ合成をする意味があったのかということを考えた方がよいと思います。

 『朝日』も「映像、合成された可能性 黒服の男、以前も登場か 「イスラム国」邦人人質事件(2015年1月21日16時30分)」という記事を載せています。

 近畿大短期大学部の黒田正治郎教授(情報処理)は「晴れ渡った空。男と後藤さんの濃い影が左から右へ伸びている一方、湯川さんの影は逆方向だ。『屋内で撮影した人物を砂漠の背景と合成したのかもしれない』。屋内で2方向から光を当てればこうした影も生じうるという。」と指摘したそうです。→ 高度な画像処理技術を持つといわれるテロリスト達なのですが、なぜ屋外でできる影の方向を想定して照明しなかったのでしょうか。黒田先生は「風が吹いた時の衣服のなびき方」にも言及したそうですが人物を屋内で撮影したなら衣服がなびくはずはないです。いっていることが支離滅裂です。

 この記事では専門家の見解がかなりいい加減なことが分かります。

 『読売』1月21日 14時35分 「殺害予告の映像は合成か、影の向きなど不自然」は:

・・・3人の影を見ると、向かって左の男性と中央の男の影が右後方に出ているのに対し、右の男性の影は左後方に伸びている。首に出ている顔の影も反対方向にできている。森山剛・東京工芸大准教授(画像工学)は「異なる時間帯に撮影した映像を合成したとも考えられる。合成には高度な知識と技術が必要だ」と話す。

 ビデオのなかで「イスラム国」は「72時間」という期限を設けています。考えるときにいろいろな項目を思い浮かべることは可能ですが、実際に考慮することは絞りこまなくてはならないはず。これは一般的に言えることです。私は毎日新聞の書き方が一番スマートでジャーナリズムとして責任のある態度だと思いました。

 助手でも学生でも取材に来た記者でもよいのです、3人の人物とデジタルカメラがあれば簡単に実験できることだと思います。そういう簡単な実験もせずに見解を述べるなどは専門家としてするべきことじゃないと思いますね。とはいっても、専門家が実験するまでもなく、アマチュアでも写真愛好家なら経験的に理解していることなんですが。合成の可能性を詳しく書いている(述べている)記事(専門家)は、いずれも、カメラの位置が影の写りかたに関係していることを忘れているようです。

(補足 2015/01/23) 『朝日』は映像が合成された可能性についての、新たな根拠を報じています(2015年1月22日16時30分:背景の砂漠に人物後付けか 人質映像を専門家解析 「イスラム国」事件)。

・・・(筑波大学システム情報系の)蔡准教授は画像解析が専門で、画像をコンピューター処理して圧縮度合いを調べた。蔡准教授によると、後付けで合成された部分は映像の圧縮率が下がるため、背景映像との圧縮率の違いから、白い輪郭がより濃く浮かび上がるという。
 今回の映像でも、字幕テロップと同様、人質の2人とナイフを手に脅す男をかたどるように白い線が浮かんだ。線の濃さもそれぞれ違い、3人を個別に撮影した後、砂漠の背景に貼り付けられた可能性が高いという。蔡准教授は「影の形や遠近感など不自然なデータが他にもある」と話している。(山本孝興)

 「動画解析の結果」という写真が掲載されています。蔡准教授は「影の形や遠近感など不自然なデータが他にもある」といっているのですが、とすれば、影も合成されたもののはずですから、影の部分でも「白い輪郭」があらわれるのではないでしょうか。「動画解析の結果」という写真には影の部分は見えていません。影の輪郭に「白い輪郭」ができなかったとすれば、影は背景に合成されたものではないはずです。取材した山本記者は突込みが足りないんじゃないですか。

 「後付けで合成された部分は映像の圧縮率が下がる」という指摘が一般的に言えることなのか、他の専門家に確かめたのでしょうか。普通、背景はピントが甘く、個々の被写体も小さくなるので前景と同じような細かさにはならないので、べた塗りの部分が多くなる、ということを考えているのか、私は疑問です。


 「動画解析の結果」をよくみると、「白い輪郭」のあらわれているテロリストの左手の先の部分もテロリストの衣服に対して合成されたということになりませんか。

 そして、一連の記事には、合成だったら、事件の成り行きについてこういう可能性があるという点が書かれていないのはどういうわけなんでしょうか。

(補足 2015/01/23)論より証拠というわけではないですが、実際の影のでき方です。2本のポールが並んで立っています。2つの影が平行にできています。


 しかし、カメラの位置を変えると2本の影は並行にはなりません。左のポールの影は右側に、右側のポールの影は左側にできます。撮影レンズは35mm換算33.6mmです。


 こんな基本的なことが、とっさに理解できないで専門家といえるでしょうか。小学生でも理解できることだと思います。

(補足 2015/01/25) 25日付けの『朝日』はこの映像について合成ではない可能性もあるという見解を警視庁が示したことを伝えています。

 政府関係者によると、警視庁では科警研や他の部署の専門家が分析。同じような条件で人物を配置し撮影する実験も行った結果、影などが動画と似た形になった。他の点も合わせて検討し、これまでのところ合成か否かの結論には至っていないものの、「合成でなくとも矛盾しない」とみているという。映像から撮影場所を特定するのは困難という。

 『朝日』はこのことについていくつかの記事を載せたのですが、結局は前にふれた『毎日』の記事と同じ結論になっています。

 ただし、政府関係者や専門家が当初、影は平行にできるはずなのに、左右の人物の影の位置が違っているという、基本的に間違ったマヌケすぎる説明(小学生でも間違いは分かると思います)をしたことについての指摘、それを記者が鵜呑みしたことについての反省がまったくないと思います。もちろん『朝日』だけの話じゃありません。これまでのところ『赤旗』は動画について合成があったかどうかという、このほとんど本質的でない問題にはふれていません。政治的立場の問題というより、編集者のリテラシーについての見識の違いがあると思いました。

補足 2015/03/19 肝心のことは田中康夫氏もいってますが、合成があろうとなかろうと人質がいたことは明らかだったという点です。私が言いたいのは、首相がマヌケ、その取り巻きも、そのまた手下もマヌケに過ぎるということ。こんなお馬鹿な「科学」で国民が騙せると思っている安倍政権はダメです。自民党に入れた人、選挙に行かなかった人は少しは反省したほうが良いと思います。