曽根悟著『新幹線50年の技術史』

 昨年(2014年)は新幹線開業50年で、いろいろな本が出版されました。われわれは新幹線の技術は間違いなく世界一と思い込みがちなのですが、この本には、実はそうでもないよということも書かれていています。リニア新幹線についても1章が割かれていて、普通話題に上らないリニアの問題点が指摘されています。

 リニアの時速500kmという速度は、鉄の車輪とレールを使う従来方式の高速鉄道の速度にたいして差は少なくなっています。飛行機は運行する距離が長くなれば有利で、現在は従来方式の高速鉄道は1000kmの距離が飛行機と競争関係になってきているので、リニアが有利な距離は1000〜1500km程度の距離間に限られていると指摘しています。(p139)

 運輸・国土交通省の「実用化計画段階」では片道1時間あたり1万座席の輸送力が必要とされた(※)のに、現在の計画では片道3100人で約3割。(p142)

※ 平成21年7月28日の「超電導磁気浮上式鉄道技術評価委員会」(PDFの2ページ)

 乗客数の需要に応じた1編成の長さの調整が事実上できないこと。2列車を連結したり、1つの列車を2つに分けるような運行が事実上できない。輸送力の調整は走らせる時間の間隔を変化させるしかない。(p146〜147) これは、リニアを動かす仕掛けのほとんどが地上にあるからです。ざっとの説明すると、リニアの列車は交流モーターの回転子(中心で回転する部分)のようなものです。モーターの外側部分や制御機器、電源の全部が地上にあって、これらが非常に巨大な設備として建設されて固定化するので、従来の鉄道で行っているように1編成の車両の数を変更することはできません。架線から電力だけ供給すれば列車側で運転できる方式とは違います。きちんとした説明は是非この本を読んでみて下さい。

 「エネルギーや温暖化ガスの排出の点で心配の種は尽きない。・・・原発問題以後の電力は・・・そもそも必要な電力が安定してまかなえるのか、という問いにすら明確な答えは出ていない」(p156)

 曽根さんはリニアの開発にも関わっておられたようで、リニアの運行方式として、ルートはループ状にすること、各駅停車は止めて選択的停車にすることを提案したそうですが、それらは採用されなかったそうです。

 まずループ状というのは下の図のような配置で線路を敷くということのようです。


 特徴は列車の進行方向が常に前進のみですみますから、空気抵抗が大きな問題であるリニアにとっては、列車先頭の形や後端の形を最適にできます。分岐装置も基本的に不要です。

 選択的停車というのは、たとえば、品川を出発した名古屋行きの列車は途中駅は1箇所しか止まらないという運行方法です。おそらく飯田(長野県駅)から中津川(岐阜県駅)の間をリニアで移動しようと思う人はほとんどいないはずです。隣駅間や中間駅間の利用はほとんどないはずです。品川発、1時間のうち、名古屋直行が出たあと、橋本、甲府、飯田、中津川のうち1つだけに止まる列車を4本出すといった方式です。

 中間駅で直行便をやり過ごすための退避線がいりません。これがなぜリニアにとって有利かというと、リニアの分岐装置がネックになっている、従来の鉄道の分岐装置に比べ非常に効率が悪い方式にならざるを得ないからなのです。

リニアは道路の側溝のような構造物であるガイドウェイの中を走ります。車体の約半分ほどの高さまではガイドウェイの中に入っています。したがって別の線路に移るにはガイドウェイの側壁を越える工夫が要ります。従来の鉄道の分岐装置では車輪の「つば」(フランジ)が通過する約数センチ幅の隙間をレールに確保するだけです。従来の鉄道は高さ4cmほどの車輪の「つば」がレールにひっかかっているだけで列車はレールに沿って走ります(参考図)。

 また、列車ごとの走行条件をそろえることで、列車のタイヤの消耗を平準化できるので、維持管理がより計画的にできると指摘しています。(p152)

 著者は、リニア反対という立場ではありません。しかし、技術的にも非常に問題点が多く、従来の鉄道方式より有利な点は限られているし、現行の計画も問題解決が「先送り」の部分があって最善のものではないと、読み取れました。

 約30年前に出版された『レール300 世界の高速列車大競争』という本に浮上式鉄道について次のように書かれています。

「(磁気浮上式鉄道では)数組の車両を、あるいは数本の線路を用いて運転するということになると、たちまち車両をある線路から他の線路に移すという問題が生じるのである。このために必要な分岐装置がきわめて複雑で高価であることを思えば、磁気浮上方式が高速鉄道に取って変ることが決してないだろうということを理解する一助となろう。」
「 実のところ、磁気浮上式の出番となるようなマーケットがないのである。レール・車輪方式の高速鉄道は、非常に多数の旅客を都市間旅行に必要にして十分な高速度で、移動させることができる。それ以上の距離になると、今度は航空機が見事なほど効率的に長距離旅客を運んでくれるのである。」
(マレー・ヒューズ著/菅健彦訳『レール300 世界の高速列車大競争』山海堂、1991年[原著は1987年]、100〜101ページ)

 曽根さんの本を読むと、一つ目の問題点が根本的に解決された様子は見えません。また、市場がごく限られている情況も30年前と同じか、より範囲が狭まっている。1気圧の条件下ではスピードに応じて空気抵抗が大きくなります。300kmを超えるスピードは速いということだけのために大きなエネルギーを浪費します。無駄です。事実、2014年9月にベルリンで開催された世界最大の鉄道見本市「イノトランス」では、高速列車はイタリアから営業速度360kmの「フレッチェロッサ1000」の1種類の展示だけだったそうです。『週刊 東洋経済』(2014年10月25日号 ※)は「高速鉄道が(鉄道技術輸出のような)ビジネスの中心と考えていると肩透かしを食らう。世界の鉄道ビジネスの変革は、日本からは想像もつかないスピードで進行しているのだ。」と書いています。新興国では通勤電車の需要が伸び、欧米ではバリアフリー対応のLRV(路面電車など軽量軌道用の車両)の導入が進んでいるし、世界では貨物の鉄道輸送も進んでいるので機関車の展示も目立ったそうです(アメリカでは民間の貨物鉄道会社が成り立っている)。しかし、高速鉄道は話題になっていない。

※ 最近、『鉄道特集2015』という『東洋経済』の別冊がでて、そのなかにも「イノトランス」の報告が載っています。

 従来の高速鉄道との比較でも速度がやや速い以外はむしろ欠点のほうが多いリニアが、日本の高度の先進技術を示す輸出品になるという安倍晋三さんや太田昭宏さんたちのような政治家たちの考え方は変だと思いませんか。大事故を起こした日本の原発技術が本当は世界で受け入れられるはずはないのに、輸出に熱を入れているような方々だからこその考え方じゃないでしょうか。

 リニアとしての理想的な運行方式が曽根さんのいうようなループ方式とするなら、これは遊園地の子供電車みたいなものだと思います。実用的な鉄道とはとてもいえないと思います。


 これは飯田市立動物園のミニSLです。「弁慶号」という蒸気機関車がモデルになっています。リニア中央新幹線建設推進期成同盟会の皆さんは、小学生向けにリニアの下敷きのようなみみっちいものを配布するだけでなく、ミニSLもリニア型にしなくちゃ無理でしょう? 近くの扇町公園には、飯田線では正式には走ったことのない蒸気機関車、D51型がいまだに展示されています。リニアって子供には意外に人気がないのではないでしょうか。子供は正直です。


 リニアの車両はこんなに立派じゃないです。はっきりいって「けち臭い」です、みみっちいです。

(2015/02/14)

(2015/02/18 補足)

 上のほうでリニアの技術には30年前と同じ問題があると書きましたが、その30年前の時点でもそれから20年前、つまり現在から約50年近く前から進歩がなかったという指摘をしているページがあります。

右の本(※)は国鉄時代のリニア推進者の京谷好泰さんの「超高速新幹線 東京・大阪一時間」で、昭和46(1971)年刊のリニアに関する初めての著作です。・・・1989年の京谷さんの対談記事ですが、「運転手はいらないし、速いし、夢もあります」と、相変わらず夢と東京・大阪一時間の早さをリニアのキャッチフレーズにしています。以前からリニアに対し多くの異論や疑問があった中で、20年近くもその開発のトップをやってきたのだから、それが夢なのか、そうでないのかはまともな技術者なら(『エコノミスト』の1989年4月4日号の対談記事の中で=引用者注)はっきりさせるべきでした。

※ 表紙の画像。 奥猛、京谷好泰、佐貫利雄共著 『超高速新幹線東京・大阪一時間』中公新書272 昭和46(1971)年刊 =引用者注

参考図(2015/02/19 補足)


(図はウィキペディアより)赤い矢印の隙間を車輪のフランジ(下の写真参照)が通過します。丸1の茶色い部分が図で下に動くと青い矢印の位置に隙間ができて、反対側の赤い矢印の隙間は閉じます。丸1の茶色い部分を動かして列車の通過方向をA-B、A-Cに切り替えます。


D51型蒸気機関車の車輪とレール。車輪の周囲の内側部分の一部が約4cmほど高くなっていて、レールの上の面より下に入り込んでいます。

 リニア新幹線の分岐装置やガイドウェイについては山梨県立リニア見学センターのこのページをみて下さい。