「脱線の恐怖からの解放」!?

 2010年8月30日に開かれた交通政策審議会陸上交通分科会鉄道部会中央新幹線小委員会の第7回目の会合で、有識者として招かれた井口雅一東京大学名誉教授(専門は機械工学)は次のような話をしています。

 安全・安心の点ではどうでしょうか。鉄道の一番の弱みは脱線です。車輪が破損する可能性というのは、高速になればなるほど大きくなります。ドイツでは、高速列車が車輪の破損のために大事故を起こしました。これは左側です。また、新幹線は車輪の外周にたった4センチの高さのフランジというものを設けて、これでレールに引っかかっているわけです。ですから、地震のときにちょっと飛び上がれば、これはもう脱線は避けられません。
 ところが、リニアでは車体が溝の中にすっぽりおさまっている形をしておりますので、いわゆる脱線ということは起こりません。鉄道技術者にとって、脱線というのは本当に困ったといいましょうか、どうにもならない技術の弱点なんですが、これから逃げられるというのは大変うれしいことです。また、乗客にとっても大変安心なることだと思います。

井口教授の使ったスライド

画面クリックで拡大

 左下の「車輪破損による脱線転覆」は1998年にドイツのエシェデというところで起きた事故です。事故のあらましは「失敗知識データベース失敗百選」に説明があります。現場はほぼ直線区間なので、車輪が1個破損した程度であれほどの大事故になるはずはありません。車輪の破損から事故現場まで約6㎞走っており時間も1~2分あったはずです。1両目の客車の車輪の外周部分が破損して車体に突き刺さった状態でとどまりました。これがポイントを破壊したため、3両目の客車の後部が分かれていくレールの方に入ってしまいました。3両目は線路上部の道路橋の橋脚を壊したので橋が落下しそこへ後続の車両が次々と衝突しました。車輪が破損したことは最初の原因なのですが、それ以外にも事故を大きくした要素があったのです。最初の異変を知った時点で緊急停止すればこれほどの大事故にはならなかったはずです。

 事故を起こした列車(ICE)の車輪は鉄製の一体構造ではなく外周部分と内側の間にゴムのクッションが入っていました。この手の車輪は路面電車など低速の鉄道では使われていましたが、高速列車にも普通の鉄道にも、ICE以外では使われていませんでした。井口教授は非常に特殊な車輪だったことを無視して、鉄道の車輪一般の話にしているようです。

 付け加えると、私が調べた範囲では、車輪の破損が原因の鉄道事故というのはこのエシェデのICEの脱線事故だけでした。

 カーブでなければ慣性の法則によって列車は基本的にまっすぐ走るので少しの事では転覆までは行きません。アメリカ軍が戦時中に鉄道破壊工作の実験をした記録の動画があります。レールの一部を切り取ってしまうという荒っぽい実験です。約1m程度レールが欠損した状態では機関車の先頭の車輪は脱線していますが他は無事です。車輪が1つ破損した程度ではいきなり脱線はしないという印象を受けます。

 中越地震の場合も脱線しましたが転覆はしていません。現在は線路の内側にガードレールを設置するなどの対策をしているはずです。井口さんは「地震のときにちょっと飛び上がれば、これはもう脱線は避けられません」といっています。飛び上がっただけでは簡単に脱線しないだろうなと、アメリカ軍の実験をみると思えますね。中越地震の場合、列車が飛び上がったかどうか、さてどうでしょう? 少なくとも地震で横方向に揺れたことの方が大きな理由のはずです。つまり地震では横にも揺れるのです。当たり前ですね。だから、リニアの場合は、脱線しなくても横に揺れてガイドウェイに衝突することだってあるはずです。そのときリニアの軽量の車体が持ちこたえるでしょうか? 「磁気浮上列車は軌道溝の中にすっぽりはまっているので、脱線はない」から「安全」といえますか?

・"輪軸のレールに対する左右方向の速度が大きくなると、車輪はレールに衝突して飛び上がりの現象を起こし脱線に至る"((財)鉄道総合技術研究所 宮本昌幸『車両の脱線メカニズム』)

上越新幹線脱線調査の報告について - JR東日本 "脱線は地震動により発生したと推定した。また、脱線の形態については、シミュレーションの結果から、車両が大きな地震波を受けて下心ロールに近い形で振動し、ロッキング脱線を起こしたと推定した。(別紙1参照) " ⇒ フランジがあったから車体が傾いて結局脱線した。井口さんの説明の中の「たった4センチの高さのフランジ」の「たった4センチ」はどういう意味なのでしょうか?

コトバンク:ロッキング脱線 "地震の強い横揺れによって起こる列車の脱線。左右の車輪が交互に浮き上がる状態で走行を続けるうちに、車輪のフランジがレールの上面に乗り上げ、脱線する。[補説]平成16年(2004)の新潟県中越地震による上越新幹線脱線事故の原因とされる。防止策として、レールの内側に並行して脱線防止ガードを敷設したり、列車の台車中央部に金属製の逸脱防止ストッパーを取り付けるなどの対応がとられている。"

 「脱線の恐怖からの解放」はJR東海のリニアの専売特許じゃありません。トランスラピッドのガイドウェイの方式では、左右だけでなく上下にも外れないような構造になっていますよ。JR東海は左右だけです。

 私には、井口さんの審議会での説明は単純化しすぎているように思えます。まるでテレビコマーシャルの大げさな説明のようです。とか、「郵政民営化」の小泉首相がやった、ワンフレーズ政治のやり方のようにも思えます。

(2017/09/14)