小学校副読本『久遠の文化うち立てん』のリニア観

~教育や宗教は「産業」~

 飯田市の「上郷公民館ふるさと学習教材編集委員会」が3月に上郷小学校の児童向けに『久遠の文化 うち立てん』を発行しました。リニアについて「第4章 産業と交通」の「交通の発達」のなかで取り上げています。かなりまずい部分があると思います。

 「超電導磁気浮上式(磁石の力で浮いて走る)リニアモーターカー」は、「夢の乗り物」。
 1962年リニアモーターカーの研究が開始されました。今まで見たこともない研究でまさに未来への挑戦でした。(p82)

 正確に書くなら浮上式鉄道の研究。日本は始めから磁気浮上方式を考えていたのですが、国鉄が研究を始める約30年前の1934年にドイツのケンペルが磁気浮上鉄道の基本特許を取得していました。さらに、1968年にはアメリカ、エネルギー省のブルックヘブン国立研究所のJ・パウエルとG・ダンビーが「超電導磁石が作る磁界を利用して列車を浮上、推進する方式について」の特許をとっています。それを受けて国鉄では、1970年から、超伝導磁石による「誘導反発方式」の本格的検討を始めました。実は「今まで見たこともない研究」ではなく欧米に先駆的な研究があってそれを真似たのです。

・・・そしてとうとう、夢がかなう日がやってきたのです。有人走行による世界記録達成!時速581㎞!日本のリニア開発技術は世界の頂点に立ちました。(p82)
 いよいよ私たちがリニア中央新幹線に乗る日が間近になりました。もうリニアモーターカーは夢の乗り物ではありません。(p82)

 実は、他の国はやっていなくて、日本だけがやっているから世界一なんです。他の国、特に超電導磁石を使う方式について最初に特許をとったアメリカでは研究検討した結果、鉄道技術として将来性がないと判断したから早期に開発を中止したのかもしれませんね。人口密集地が少なく、平たんで直線路線が設定しやすい、つまり建設費用があまりかからないアメリカでも、経済的に成り立たないと考えたということはないでしょうか。方式は違いますが上海のリニアを開発したドイツは国の方針としてリニアの国内での採用は止めました。

 世界中の他の国が見込みがないと中止した高速増殖炉にいつまでもこだわったのは何処の国でしたか?

 リニアは直線の路線が必要です。日本ではどうしてもトンネルが長くなってしまう。トンネルを掘れば掘った土がたくさん出てきます。現在その土を置く場所が見つからないのでJR東海は非常に焦っています。リニアに乗れる日はどんどん遠ざかるばかりです。乗れないかも知れません。

 「超電導磁気浮上方式リニアモーターカー」は、線路を走るのではなく「ガイドウェイ」を磁石(超電導磁石)の力で浮いて走ります。そのため、現在の新幹線の約2倍の時速500㎞で走ることができ、騒音(うるさい音)や振動(ゆれ)も少なく、乗りごこちも快適です。(p82)

 フランスのTGVは線路を走っているのに時速574㎞で走りました。山梨実験線の報道関係者向けのリニアの試乗会のあとで振動や揺れが気になると書いた新聞記者がいますよ。乗り心地が良いと書くのは不適切だと思います。「浮いて走るから」、つまり「原理的に」乗り心地が良いといえるわけじゃありません。原理的に乗り心地がよいなら、通常の鉄道と同じような、台車と車体の間の空気バネなどいらないはずです(リニアの台車)。

 最新の技術による最高速度と乗りごこち、リニアモーターカーはまさに未来の乗り物なのです。(p82)

 これでは、まさに、JR東海の宣伝文句です。

(図解の説明文) ・・・「ガイドウェイ」には(1)前に進む(推進コイル)と、(2)浮く(3)導く(浮上・案内コイル)の3つの働きをするコイルがあり、電気を流すことでこれらのコイルは磁石になります。「ガイドウェイ」のコイルの磁力がリニアモーターカーの「超電導磁石」と引き合ったりすることで、リニアモーターカーが浮いたり進んだりします。(p82)

 だったら、低速走行用の車輪はいらないはずですね。これは明らかに間違い。浮上案内コイルには電気を流しません。流すのは推進コイルだけです。車体に積まれた超伝導磁石がガイドウェイに取り付けた浮上コイルに対して動くので浮上コイルには誘導作用で磁力が生じます。その磁力と車体に積まれた超電導磁石の磁力の間の反発力で浮上します。低速走行では十分な反発力が起きないので車輪がいるんです。事実に反したことを書いちゃダメです。あるいは、自分たちが理解できていないことを書いてはダメです。

 もう一つ。推進コイルは前に進める働き、浮上・案内コイルは浮上と案内の2つの働きをするのですから、書き換えるとすれば:

「ガイドウェイ」には、これまでの鉄道の線路と同じように、(1)列車を前に進める、(2)浮く(車体の重さを支える)、(3)導く(方向を定める)の3つの働きがあります。このうち(1)は推進コイルが、(2)と(3)は「8」の字の形に巻いたコイルが受け持ちます。コイルは2種類です。

 執筆者たちも、監督検閲した公民館長さんもJR東海のリニアのメカニズムをしっかり理解していないようです。原文はあいまいすぎます。

 『リニア Q&A』。

Q1.なぜリニア駅はそれぞれの県にひとつずつなの?(p83)

 答えとして、

と、説明しています。1.は、本当は中間駅は置きたくないが正解。2、の「路線を引くには地域の協力が必要」だけが1県一つの駅を設置する唯一の理由です。そして「協力」という言葉が重要です。地域や住民が「必要」としているからじゃありません。

Q2.誰が運転するの?
A2:リニア新幹線は、一つの場所でまとめて動かしているから、リニアには運転士さんは乗っていません。・・・(p83)

 なんか質問が間抜けでしょ。答えもね。「一つの場所」って列車の中なの、それとも、列車の外なの? 書き換えるとすれば:

Q2.運転士さんが乗っていなくて大丈夫?
A2:リニアは全部自動運転です。だから運転士さんはいませんよ。でもね、東京(例えば)の中央管理室というところから路線全体を見渡して、コンピュータを使ったリモコン操作で運転しているので安心です。

 本当は、運転士が乗っていないのは、ものすごく心配なんです。速度がはるかに遅い自動運転の地下鉄だって運転士は乗っています。そして運転士がいたことで事故を防いだ例が結構あるようです。

Q3.リニアが開業した時、上郷ってどんなところになるのかな?
A3:・・・リニア時代は、君たちの時代。自身の考えで未来を創っていってほしいと思います。(p83)

 この読本の執筆者たちに、リニアがきちんと完成できて、将来にわたり順調に営業が続けられるという確信があるのですかと聞きたいです。リニアを巡る状況を、良く調べて書いたとは思えません。反対する人は、リニアの建設は孫子に負担を残すことになるから止めて欲しいといっています。「リニア時代は、君たちの時代・・・」とは、なんと無責任な回答でしょう。

『ど~する? ど~なる? 上郷』では、リニアの問題点みたいなことを扱っています。

(1)残土運搬
 計算上で予定されているリニア駅から岐阜県側にトンネルが掘削されます。トンネルから出る残土はどこか運ばなければなりません。・・・(p83)

 「計算上で予定されている」という部分、「計画では」でいいんじゃないですか。子供向けの読みものとして「計算上で予定されている」はダメですね。編集方針としても編集技術としても子供向けのものとしてどうかなという言える部分です。

(2)移転
 リニア駅舎や本線の建設、また周辺整備や連絡道路の建設などリニア関連工事で約200戸の皆さんが今住んでいる家から移らなければならない現実があります。今まで住んでいた場所から離れ新しい住居を構えなければなりません。新しい所は今までのお隣さんとは限りません。今後どうなるかわからない、と感じている人が相当数いることを忘れてはいけません。(p83~84)

 どんな理不尽な事であっても、「ちょっとは気にしてるんですよ」程度の書き方で済ませている、そんな感じです。大事な問題についてこういう態度で済ませ良いという見本を子供たちに示すことになります。

 昔からの歴史の進歩を考えると一番注目すべきものは、民主主義の拡大と基本的人権がだんだん重視されてきたということです。文化の本質にも関わる問題です。とすれば『久遠の文化 うち立てん』というのなら、リニアについては、この問題を上郷での一番の問題ととらえなければならないはずです。移転対象の方々それぞれに対して計画前に「どいてもらえますか」という相談はありましたか?なかったはずです。だから、リニアで多くの移転者が出てしまう上郷の北条では「なんの相談もないのに」とか「招集礼状がきたようなもの」といった声も出ています。そいう現実にある声を全く拾っていない。執筆者たちの民主主義や基本的人権に対する感覚を疑います。

(3)利用者数はどれくらい?
 ・・・何人が乗って、何人が降りるのでしょうか? 現在の人の動きから長野県の試算した数は6,800人、中央高速バスの乗車数から試算した数が750人と様々です。・・・(p84)

 多くの大人の人たちは、6800人という数字は大きすぎると考えていますよ。長野県も三菱UFJ銀行の関係の調査会社もJR東海も、リニアができると地域の産業や経済が発展するはずだから、6800人もの人が利用するんですよと言っています。飯田市は長野県や三菱UFJ銀行の関係の調査会社やJR東海などが大体同じ6800人といっているので、そんな数なんじゃないですかといっている。この数字は予想です。単純に、現在の人の動きから試算したものじゃありません。そして、現在、飯田から名古屋や東京へ利用する人の数は、1300から1600程度の間と言えます。750人は八十二銀行から聞いた数字だといいます。特にこの「750」という数字には多くの大人の人たちはハテナとおもうはずです。750は駐車場の収容台数じゃないですか? 現状での利用者を1500とする。半数が飯田から出かける人なら、750台分の駐車場があれば間に合います。明らかに調査不足だと思います。

(4)開業してみないと判らないこと。
 リニア実験線では日々、あらゆる想定の中で実験が繰り返し行われているものと思われます。「こんなはずでは?」とならないことを期待します。東海道新幹線の騒音訴訟には15年の歳月が掛かっています。万全の準備をお願いしたいです。(p84)

 リニア実験線で判ったことで重要なことは:

 これらは、開業どころか、工事まえから判っていることです。東海道新幹線の騒音訴訟に関係した弁護士さんがリニア工事認可の取り消し訴訟にも参加しています。東海道新幹線と同様の被害の生じることがリニアでも生じると現在の時点で確信があるからです。

 最後のまとめの部分です。

 より便利になるために。より早く行くために。改良と工夫を行ってきました。・・・「移動時間の短縮」は時間を手に入れる方法かも知れません。・・・知恵と努力の結晶とも言うべき「時間」を有効に使いたいものです。・・・リニア中央新幹線の工事に取り掛かる今、次世代の交通手段の開発、研究がすでに始まっているかも知れません。(p84)

 車社会で私たちが失ったものは大きいです。移動時間が長いと途中で得る情報が増えるはずです。生まれたときから、車社会に育った子供に、歩けば理解できるのにということがたくさんあることに気づかせる方が大事です。時間を有効に使うには、どうしても、移動時間を短くしなければならいというわけじゃありません。

 飛行機の最高スピードは現在、時速1000㎞程度です。もっと早く飛ばす技術はあって、コンコルドはもっと速かったのですが、すでに姿を消しました。自動車の最高速度は約100㎞です。「ころあい」というものがあることを子供に伝えるのも、知性の領域、『文化』の問題です。

 最後にこんなカット写真がのっています。この副読本は飯田市の上郷地区の上郷小学校の児童を対象に作られたものです。といってピンと来た人はいますか?


 もちろん「これは『路線表示杭』とJR東海が呼んでいるものです。2015年の4月に中心線測量が始まった日に設置されました。」という説明文はありません。

 この『路線表示杭』は上郷地区に設置されているものでしょうか?

 実はこの杭は、2015年9月に、喬木村の阿島に設置されたものです。最初に設置された座光寺(178K030M)のものとは形が違います。柱が座光寺は丸、阿島は角。そして、品川駅からの距離は176㎞と809mになっているので、明らかに天竜川の左岸のものと分かるはずですね。つまり飯田市内のものではありません。(⇒参考)

 周囲をしっかりトリミングして場所をわからないようにしています。こんなややこしい操作をしてまで掲載する価値のある写真でしょうか?

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 つまり、この読本のリニアに関する部分は、下調べが全く不足しているし、検討も不十分で、結局は行政当局の見解を受け売りしているだけで、子供向きのものとしては、極めて不適切だと思います。わからなければ取り上げなくてよいはず。『文化』を伝えるためには、価値評価の定まっていないものを調査不十分のまま無理に取り上げる必要はありません。

 リニア計画に対して、突然のことにおどろき困っている住民が上郷に多数いる、リニア計画には反対の声が多くあるということの方が地域に根差した現実です。この問題に最大の紙面を割くべきでした。しかし、少なくとも反対している人に取材していないことは明らかで、移転対象住民に取材したかも疑問です。

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 これは第4章の扉ページの一部です。背景がリニアなのはわかると思います。ちょっと驚くのは「産業は、・・・教育、宗教、公務などの活動も含む概念であります。」って初耳です。公民館長さんのインテリとしての見識を大いにうたがいます。教育とか宗教って、金もうけとは関係ないですから、普通は「文化」に含まれるはずですが・・・。

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 リニアとは関係ないですが、となりのページ(p81)に「下山ダッシュ」というコラムに「飯田線オメガカーブ」という言葉が出ています。

 飯田線オメガカーブ出現は後世に残る伝説を生み出しました。・・・Ωカーブの一方の端である伊那上郷駅を最寄り駅とする飯田高校の一部の生徒たち・・・

 きちんとした定義のある言葉ではないとは思いますが、記憶をたどれば、昔からオメガカーブといわれて来たのは上伊那の「田切のオメガカーブ」です。飯田線の田切駅と伊那福岡駅間のカーブです。中田切川を中心にして線路が対称的な形になっています。線路は谷の奥のほうに入り込んでいってまた出てきます。昔は普通は線路はなるべく等高線に沿って敷設されました。鉄道は登坂能力が低いからです。田切駅の標高は635m、中田切川を挟んで対岸の対称になる位置の標高は649m。約15mの標高差があります。カーブにすれば距離が長くなるので坂の傾斜が緩くなります。直線的に鉄橋をかけるよりはカーブにした方が、電車の登坂能力や、建設費を考えると理屈にあっているからです。さて一番重要なことは、このカーブは鉄道ファンが列車の走る様子を見るのにちょうど良い大きさだということです。そんなところから「田切のオメガカーブ」と呼ばれるようになってきたと思います。また、道路と鉄道の傾斜の付け方の差が平面的に明らかに比較できる点でもわかりやすい場所と言えます。

 さて、元善光寺駅と下山駅、正確には伊那八幡駅の間で路線がカーブしている、正確に言えば「迂回」している理由は飯田駅があるからです。元善光寺駅と伊那八幡駅の間は直線に結んだ方が合理的に見えますが、当時の経済の中心地の「丘の上」に駅を作らないわけにはいきません。カーブができた理由が違います。この元善光寺駅と伊那八幡駅間の「迂回」をオメガカーブと呼ぶのは適切とは言えないでしょう。また、伊那上郷駅をオメガ「Ω」の形の一方の端という言い方はどうかなと思いませんか。さらに一番の問題は、眺めてオメガ型にカーブしていると納得できる場所が知られていません。飯田線のこの屈曲をオメガカーブと呼んだのが飯田高校の生徒たちであったとするなら、いかにも机上で試験勉強ばかりしている高校生らしいおバカな発想だと思います。小学生に教えるべき内容じゃありません。(中津川線ができた場合を考えると、この「迂回」はカーブと言えるものでないことは明らかです。)

 リニアは文明の利器といっていいかどうかは分かりませんが、リニアは「文明」の一つです。文化じゃありません。「飯田線オメガカーブ出現」といっても構いませんが、所詮二番煎じ、物まね、軽薄な「リニア大好き」の飯田市の市民性を良く表しているといわれないように気を付けましょうね。『久遠の文化 うち立てん』というタイトル、「『文化』とは何か」ってちゃんと考えて編集されたのか極めて疑問です。


 ついでに飯田線関連で、p80のカット写真、飯沼トンネルの工事と伊那上郷駅の写真です。どちらの写真も縦横の比率が元の写真と違います。ソースの写真と比べるまでもありません。明らかな編集ミスです。トンネルは上下につぶれているし、駅の写真では電車の背が高くなっています。人物が左は太い人ばかり、右は細い人ばかりです。いくら何でもひどすぎるんじゃありませんか。

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 なお、1,000円の価値があるかどうかは別にして、『久遠の文化うち立てん』は上郷公民館で購入(1,000円)できます。

 『久遠の文化うち立てん』は2017年度の「飯田歴研賞」を受賞しました(飯田歴研賞2017)。他の部分はどれほど優れていたとしても、リニア関連の内容で、これだけ資料の扱いが杜撰で、子供向けの読み物として不適切な論理構造をもったものを受賞作品に選んでは、飯田市歴史研究所の見識も問われるのではないでしょうか。

(2017/08/02)