更新:2021/06/26

「ルート変更あり得ない」理由

「時速500㎞/hという高速特性を活かすために路線は直線のルートを選んでいる」はキャッチフレーズ
カーブを曲がることを考えて技術開発されていないリニア

 6月20日、静岡県知事選挙で川勝平太さんが当選しました。6月23日にJR東海の株主総会がありました。株主から静岡県からルート変更を要請された場合の対応について質問があって、宇野護副社長は次のように答えたそうです。

「変更することはあり得ない」… 技術的、地質的制約や環境的条件からルートを絞り込んで工事実施計画の認可を受けたと説明。「ルートを見直すと、全てが振り出しに戻ることになる。既に全線で5千人と想定される地権者のうち半数程度から土地建物を譲り受けて工事を進めている」とした(『信濃毎日』2021年6月24日2面 "リニアのルート変更否定 JR東海 静岡知事発言巡り")

 見通しが立たなくなったら、早いうちに計画をやめた方が良いというのが、さきの「大東亜戦争」で学んだ歴史的教訓のはず。それはそれとして…

ルート変更できない本当の理由

  1. 曲がる実験をしていない
  2. 軌道の構造がカーブ走行に適していない
  3. 速度が遅いと車体を支える力が弱い
  4. 超電導磁石の信頼性が低い
  5. 長方形と曲線の相性の悪さの折り合いの付け方がなっていない

 ルート変更するには路線を曲げなければなりません。それができるのか?

(1)曲がる実験をしていない

 さて、超電導リニアは、最初は東京都内の国分寺の約500mの直線のテストコースでの走行実験からはじまっています。次の宮崎実験線は全長が約7㎞になりましたが、ほぼ直線で、半径10㎞のカーブ、それも方向を本当に少しだけ曲げるだけのカーブがありました。山梨実験線では数か所のカーブがありますが、将来営業路線の一部になることを意識して、一番急なカーブが半径8㎞です。ほぼ直線。つまり、超電導リニアは、私たちが、新幹線や在来線で見て知っているようなカーブを走らせて開発してきた実績がありません。

 これは、同じ高速性能をもつ上海のリニアモーターカーと比較してみればどんなに異常なことかが分かります。上海のリニアモーターカーはドイツで開発されたトランスラピッド方式を採用しています。ドイツの西部のエムスランドに実験線がありました。その実験線は全長が約31.5㎞ですが、曲線部分の長さが約半分。ほぼ直線区間の両端にループがありました。そのループの半径は、1㎞と1.7㎞。つまり、カーブとして誰もが納得・満喫できるような、半径1㎞と1.7㎞のカーブがありました。トランスラピッドは停止状態からまず浮上してから加速するので常に浮上走行です。半径1㎞では時速200㎞、半径1.7㎞では時速300㎞で走行していたそうです。上海の営業路線も、半径約2.3㎞、4.5㎞、1.3㎞のカーブがあります。この上海の路線で、開業前の試験運行の時期だった2003年11月に時速501㎞で走行しています。カーブが曲がれないのでは、まともな乗り物とはいえません。曲がれるはずなら、実験しているはず。実験していないので、曲がれない可能性が高い。

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(グラフの説明:トランスラピッドの、カーブの半径と速度の関係。 "Intercity Maglev Monorails" より)

(2)軌道の構造がカーブ走行に適していない

 カーブというのは、軌道(線路)の両側で、内側と外側で長さがちがいます。これは、図形の問題として考えて、そういうことに決まっています。当たり前のことです。超電導リニアもカーブを自在に曲がるに適した構造にすべきでした。

 リニアの軌道である、ガイドウェイは、まあ側溝みたいなもので、その中を列車が走ります。側溝の側面に推進用コイルと浮上用(浮上・案内用)コイルが並んで取り付けてあって、浮上用コイルと車体側の超電導磁石が反応して浮き上がります。

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(図解の説明:浮上用コイルは約90㎝の等間隔で取り付けてあります。パネルの全長は約12.6mでまっすぐな形です。橋本渉一、"浮上式鉄道ガイ ドウェイの研究と技術開発" より。ただし、現在は推進コイルは2層ではなく1層のようです。)

 もう少し具体的に説明すると、12.6mで高さ約1.3mのコンクリート製のパネルに、7個の推進用コイル、その上に14個の浮上用コイルを重ねて取り付けます。このパネルの形は直線状です。このパネルを両側に並べていくのですが、直線部分では問題ないのですが、カーブになると、ちょっと困る。カーブでは内側と外側で長さがちがうのです。しかし、パネルの長さは12.6mで一定です。外側のパネルの並べる間隔(すきま)を少し大きくとればカーブはできます。ガイドウエイのパネルにつけられたコイルで車体の重量などを支えているわけなんですが、これが外側と内側で差ができるはずです。

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(図解の説明:軌道を上から見たようす。直線部分とカーブの並べ方のちがい)

 つまり、安全に走らせるには、できるだけ左右で差が出ない許される範囲があるはずで、その範囲でしかカーブがつくれないはず。それが、高速の浮上走行区間では、つまり本線上では最も急なカーブで半径8㎞が限界になるのだと思います。

 なお、時速150㎞以下の車輪走行区間では、半径900mとか2000mのカーブはあります。品川駅を出たばかりのところとか、名古屋駅の前後です。分岐装置で、本線から中間駅の乗降り用の線路に入る部分と、逆に本線に出る部分の曲線も車輪走行です。

(3)速度が遅いと車体を支える力が弱い

 車では、カーブではスピードは落とします。落とした方が安全です。列車も同じでカーブではスピードは落とします。だから、カーブのキツさに応じてスピードを落とせば、カーブは曲がれます。

 超電導リニアは、超電導磁石が浮上用コイルの前を通り過ぎるときに起きる反発力を利用して浮上させています。たとえば、自転車の発電機式のライトは速く走ると明るく光ります。自転車の発電機と同じようにスピードが速いほど浮上させる力や左右方向に支える力が強くなります。逆にいえば、スピードが遅くなれば、上下左右ともに支える力が弱くなります。カーブで速度を落とすと車体が不安定になるはずで、これも問題がでない範囲の緩いカーブにしなくてはならない理由のはず。

 カーブではスピードを落とせば曲がれるという乗り物としての常識というか、一般法的な法則が原理的に成り立ちません。

(4)超電導磁石の信頼性が低い

 超電導磁石のクエンチ(磁力が無くなる現象)はあまり発生しないようになってきたと言われています。しかし、絶対に起きないというものでもない。超電導磁石は、車輪と同じ役割をするものなのですが、車輪に比べると構造が非常に複雑です。一般的にいって、初めて実用されるもの、構造が複雑なものの方が、信頼性は低いと思います。具体的にも、3層構造のオケの中にある超電導磁石に車体の重量その他の大きな力が働くのですから、また冷凍機が付属しているのですが、鉄の車輪と比べれば信頼性は低いと言うべきです。

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 超電導磁石は台車に取り付けてあります。JR東海は、クエンチが起きた時の対策は、例えば、ある台車の右側でクエンチが起きた場合は左側の同じ位置の超電導磁石をオフにして左右のバランスをとって、前後の台車に負担を振り分けるといっています。台車は、各車両の連結部分と、先頭車両の前方、最後尾車両の後方についています。列車の一番前と一番後ろの台車でクエンチが起きた場合にはこの対策ではダメです。特にカーブを走行していた場合には最悪です。

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 ではどうすれば良いか。なるべくカーブを走らなければ良いのです。だから、カーブが少ない。カーブは出来るだけゆるく、短くしなくてはならないので、ほとんど直線のルートになってしまうのです。

(5)長方形と曲線の相性の悪さの折り合いの付け方がなっていない

 2本の直線が平行に引いてあって、途中から2つの同心円につながっている図形を考えてみます。

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 直線の部分を通れた長方形が曲線部分でつまってしまいます。従来の鉄道やトランスラピッドでもおきる問題ですが、ちゃんと解決できているから、カーブが自由に曲がれるのだと思います。超電導リニアは側溝みたいな部分に車体の高さの約半分が「つかって」走るのです。JR東海の超電導リニアの走行方式ではカーブ走行が難しいというのは直感的にわかると思います。

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 超電導リニアは完成した鉄道技術というよりは、まだ直線しか走れない実験室レベルの技術を実用化するために、土木技術で超巨大な実験台を建設しているといったほうがよいのかも知れません。まったく馬鹿げた話です。実験線を将来の営業路線の一部にというアイデアは賢いように見えて、実験というものがいったい何なのか分かっていない政治家の判断だったと思います。そんな説明に納得しちゃダメですね。

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ルート変更 = 計画中止

 ルート変更を、と提案する人たちが考えているのは諏訪湖付近でカーブして伊那谷や木曽谷に下るルート。伊那谷ルート(B)の場合は諏訪湖付近で、約14㎞も連続する半径8㎞のカーブを走ることになります。そんなカーブを走って安全なのかという問題があると思います。JR東海と国交省は、このカーブを走るリスクと、南アルプストンネルを通過するルートの総合的なリスクを比較して南アルプスのほうが低いと判断したのだろうと思います。逆に言えば、超電導リニアというのはそれほど危険な乗り物だということになりますね。

 静岡県が頑張ってくれているのはおかげと思うべきです。

 アメリカ東海岸のワシントンDCとボルチモアを結ぶ超電導リニア計画があって、今年1月に連邦鉄道局が環境アセスメントの準備書を公表しました。その内容をみて、沿線の公共組織から否定的な意見がではじめているようです。アメリカのアセスメントには、ルート変更とか、計画中止という選択肢もあります。日本語の新聞ではほとんど報道されていないですね。

JR東海は今年中のできるだけ早い時期に計画の中止を宣言すべきです。明日にでも。