更新:2021/08/01

南アルプストンネル、緊急時の避難は?

列車火災発生時は、列車をトンネル外に出す

 JR東海さんの、リニア中央新幹線 の 「超電導リニアとは」 > 「緊急時の対策」によれば火災への対策として:

超電導リニアの車両は、国土交通省令に基づき、燃焼性規格における不燃性・難燃性の材料を使用しており、車両内には初期消火に使用する消火器を設置、車端部には仕切戸を、車両間には貫通扉(自動ドア)を設置しています。
 列車火災発生時は、迅速かつ安全に乗客の避難を行うために、次の停車場又はトンネルの外まで走行して停止することを原則としています。

都市部の大深度地下トンネル内で停止の場合

 「万が一異常時における避難誘導」には:

リニア中央新幹線は品川・名古屋間の約86%がトンネルとなっています。万が一の異常時には、東海道新幹線と同様に原則として次の駅またはトンネルの外まで走行しますが、トンネル内に停車し、車両から降りて避難せざるを得ない場合においても、お客様に安全かつ速やかに避難いただけるよう、避難誘導をおこなう計画です。

 として、「大深度地下トンネル内に停止した場合の避難手順」を紹介しています。都市部の大深度地下トンネルは軌道の下に避難通路があって、非常口(立坑)まで行ってエレベータで地上にでると説明しています。

南アルプストンネルでは避難できない!?

 しかし、全長25㎞におよぶ南アルプストンネルはじめ山岳トンネルについては説明がありません。「列車火災発生時は、迅速かつ安全に乗客の避難を行うために、次の停車場又はトンネルの外まで走行して停止することを原則としています」だけでは、さすがに心細いと思う人もいるはず。

 例えば、山本義隆さんの書いた『リニア中央新幹線をめぐって』などは次のように書いています。

竪坑を500m上がって脱出口に到達し、そこからさらにほぼ水平に2㎞歩いて200m登るということなのでしょうか。公共の乗り物とはとても思えません。実際には脱出口についてはよくわからないのですが、それはJR東海が必要な情報を明らかにしていないからなのです。

 「竪坑」というのは、地表(またはトンネル内)から(別の)トンネルへ垂直に掘る穴のことです(コトバンクWeblio 辞書)。

誤解の訂正が議論の前提

 さて、特に冬場、静岡県内で列車が止まった場合については心配という声があると思います。JR東海もそれに答えていないわけではありません。

 「皆さま」からの質問に答える FAQ のページに、「南アルプスの山の中を通るとのことですが、その中で停車した場合の避難方法を教えてください。冬季でも安全なのでしょうか。」という質問に答えています。

南アルプストンネルでは、本線トンネルに並行して地質の確認のために掘削された先進坑を避難時に活用します。先進坑は、営業開始後は保守用通路として使用されることとなり、保守用車両等が通行可能であるため、お客さまには徒歩もしくは車両で、状況に応じて最寄り、または近隣の非常口等へ安全に避難していただくことを考えています。
 冬場を含め、一般的にトンネル内は、外に比べて年間の気温の変化が小さいため、移動までの間は、安全なトンネル内に留まっていただくことになると考えています。また、非常口へ至る地上アクセスは、山岳部を通る他の新幹線と同様、既設の道路あるいは工事にあたって整備した道路を活用するため、冬季でも安全に避難できると考えています。

 徒歩での避難が大変だという批判があります。山岳トンネルで「非常口」と呼んでいるのは、トンネルを掘るための作業トンネル(斜坑、幅約11m)の出入口(斜坑口)で、大型車両が通行できる大きさです。リニアが走る本坑部分との接続部分まで車が行けます。さらに南アルプストンネルでは本坑と平行に地質調査用の先進坑があって、これも大型車が通れる幅(幅7m)があります。また、長野県の小渋川非常口、釜沢非常口又は除山非常口は冬季でも車がアクセスできます。山梨県について広河原、早川の非常口は車がアクセスできると思います。一番名古屋よりの小渋川斜坑口から、一番品川よりの早川斜坑口まで先進坑はつながっているはずです。

 南アルプスで一番問題なのは、静岡県内で停車した場合だと思います。西俣と千石の非常口までは、1年を通じて確実に車でアクセスできるわけではありません。

* 『静岡新聞』2020年7月10日 "「日本一崩れやすい地質」リニア静岡工区、豪雨で作業用道路崩落 開業に影響も"

 JR東海さんは、まずは、トンネル内で停車するのは最終手段と考えているのだと思います。従来の鉄道や、新幹線はそういう方針なわけです。

 さて、下の地図は地理院地図で南アルプストンネルの非常口がどのあたりにあるか示したものです。

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 黄色い道路は主要地方道(県道)です。長野県と山梨県では非常口の近くまで黄色く塗られた道路があります。静岡ではそういう道路はありません。静岡の場合、非常口にまで自動車で年間を通じて常に行けるわけではないと言われています。昨年の梅雨時期に、リニアの準備工事をしていた作業員が一時孤立しました。

『中日』2020年6月17日 "リニア・ヤード作業員 増水で仮設道通行できず"

必要な情報がないわけでもない

でも、竪坑はない

 次に示すのは、非常口(斜坑口)と本坑までの距離(斜坑の長さ)など、あるいは本坑の部分の長さなどを示したもので。本坑のどこかで停止した場合に最短の非常口までの距離が計算できるように数字を拾って図示したものです。非常口ごとに斜坑の勾配も計算しました。トンネル外へ避難する場合、静岡県内は本坑からは上り勾配、長野、山梨は下り勾配です。数値は、JR東海が公表している資料からひろったものです。一部はJR東海さんが公表している地図を物差しで計った数字もあります。あまりきれいな数字じゃないですが、避難経路について考える分には十分だと思います。念のために、「竪坑」みたいなものはありません。

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静岡県以外の坑口の標高は
小渋川釜沢除山広河原早川
768.9m928.1m911.4m648.8m534.7m

(補足 2021/08/08)全部の非常口(斜坑口)についての表
 △:西俣と千石は坑口から下り勾配

小渋川釜沢除山西俣千石広河原早川
坑口の標高768.9928.1911.415401350648.8534.7
本坑接続部の標高875.29935.29995.2912101090953.37832.05
標高差106.397.1983.89330260304.57297.35
斜坑の長さ115035018703490307041002500
勾配(%)9%2%5%△9.5%△8.5%7.4%11.9%

 斜坑も、本坑の南側にある先進坑も、本坑を掘削するために使用するものです。つまり大型車が通行できます。長野県側と山梨県側から直接に自動車で救援にいけないというわけではありません。JR東海さんが、非常時の問題で、わりあい平然としているのはこのへんのことがあるからかも知れません。

 新幹線や従来の鉄道は、鉄の車輪の信頼性が高いのでトンネルを抜けるという対策がとれるのだと思います。新幹線の安全性を受け継ぐリニアだから、それでまずは大丈夫だとJR東海さんは思っているのかも知れません。

 しかし、超電導磁石は鉄の車輪に比べると信頼性が劣ります(参考ページ)。トンネル内で止まってしまう可能性もあります。何か起きた場合に、列車をトンネルからすぐに出すという対策が取れない場合があるはずです。斜坑、先進坑など自動車が通れるのですから、JR東海さんは、南アルプストンネルのもう少し具体的な避難方法を考えて説明すべきだと思います(*)。

* たとえば、先進坑と本坑の連絡通路の間隔と長さ、列車から降りる方法、降りてから連絡通路までの避難方法、救助体制で地域との連携方法など、ホームページなどに公式な説明として掲載すべきです。

 ついでに、 「車体から降りて避難する際に磁界の影響は受けないでしょうか」という質問があります。その回答は:

超電導リニアでは、避難経路確保のために、必要に応じて超電導磁石を即座に消磁して磁界をなくすことができます。非常時であっても、磁界の影響を受けることはありません。

 いったん磁界をなくすと、自力走行できません。磁化するには車両基地まで、他の列車で引っ張るとかして移動する必要があります。ダイヤは大きく乱れるはずです。磁界をなくすという決断が現場で即座にできるかどうか。JR東海の社風の問題です。

 一つ付け加えると、これまでの鉄道ではトンネル内部に樹脂で固めたコイルを多数並べるようなことはなかったわけです。またコイルまでのケーブル配線も従来よりは多いはず。これらが火災の発生源になる可能性もあります。難燃性とはいえ樹脂は樹脂。トンネル内の火災では、これまでの鉄道トンネルとは、また違った難題もあると思います。


補足 2021/09/04

 超電導リニアの台車は連結部分にあるタイプなので、例えば12両編成なら台車の数は13個です(参考図解)。そのうち1つの台車の超電導磁石がクエンチ(結果として磁力を失う)など故障した場合は、前後の車両の台車で支え合って、速度を落としてから車輪走行に切り換えるのだろうと思います。こんな場合でもトンネルから出れる可能性はあると思います。

 それでも、鉄の車輪に比べると心細いという感じがします。もちろん、鉄の車輪の場合は、トンネル内で「脱線」したらそれでアウトですね。しかし、超電導磁石や補助車輪の出し入れ装置などが故障する可能性に比べると、鉄の車輪が「壊れる」可能性ははるかに低いと思います。