更新:2022/05/28

「市田灯ろう流し」がテーマの「まちづくり懇談会」

 リニアと直接は関係ないですが。昨夜、毎年8月18日に行われる「市田灯ろう流し」についての高森町が主催したかたちの「まちづくり懇談会」が出砂原地区館でありました。

 4月29日に常会長の会合があって、今年の「灯ろう流し」の実行方針が決定しました。これまで例年、町の協力を得ていた関係から、自治会長が町に今年の計画を報告しました。内容を見た町長から、花火や露店についてある程度の規模のものはできないかとの話があったそうです。

 27日は自治会三役と「灯ろう流し」の役付き者と町側担当者ということだったはずで、日程表では「役員会議」、出席要請の案内文書は「『市田灯籠流し』開催方法についての協議会」となっていました。

 町は地区ごとのテーマについての「まちづくり懇談会」を行うことも考えているのでその一つとして27日の「まちづくり懇談会」開いたと説明。本来なら、5月1日に自治会として決定した内容に関連しての町の担当者との打合せの会合のはずだったものが、イベントの規模の変更や今後存続させるための考え方も含めての「まちづくり懇談会」となったのです。しかし、出砂原地区の全戸や自治会員全員に事前に連絡されることもありませんでしたから、「まちづくり懇談会」としても本来のやり方ではない。

 4月29日の会合では、自治会員の大半がサラリーマンとなり、高齢化も進んでいるので、日数や手間のいるイベントは維持できない、経済状況も変化している(寄付金は減少傾向)など、もはや自治会として花火大会をコロナ前のような規模で行うことはできないので今年も今後も以前のようなものは止めるとの結論でした。そもそも住民の大多数が迷惑だと思っており止めて欲しいと思っているのです。住民の間では100回開催を区切りに止めるたら良いという意見もあります。

 このイベントは、おそらく最初は約100年前に伊那電気鉄道(現在のJR飯田線)の企画で始まった灯ろう流しです。天竜川に一番近い、時又駅(飯田市竜丘)と市田駅(高森町出砂原=下市田6区)ではじまったと思われます。天竜川の激流で一般的な灯ろうを流すことは無理です。市田の場合は、他地域の「灯ろう」とは全く違ったかなり荒っぽい構造の灯ろうを使ってきました。大正時代以前からあった風習とは思えません。現在は流れがトロっとしている時又ですが大正時代はどうであったか。時又もかなり大型の灯ろうを流していました。筏の部分は異なりますが、どちらも、新盆に飾る切子灯籠などを筏の上に積んで流すというものでした。時期は不明ですが花火が始まったのはその後のこと。時又も市田も、添え物だった花火がメインになりました。市田の場合は花火の費用は住民が出労して寄付集めをしました。数年前に、JR東海さんからも寄付をいただいています。

 出砂原地区は1970年ころまで、商店街として繁栄し戸数も450戸ほどあったそうです。一時期はパチンコ店、映画館までありました。ところが、以後、商店や事業者は減る一方で、戸数も約200戸に、自治会員は120戸ほどになりました。商店街があった時期はそれなりに開催する意味はあったと思いますが、イベントを支える経済基盤がなくなった現在、これを無理に続けるというのは住民の負担でしかないです。ところが町長はこれを続けてほしいとの意向のようです。町長就任の最初の年だったと思いますが、「町政懇談会」の席上、町主体でやって欲しいという住民の意見に、町長は、住民が主体にやらないというのであれば町は支援はできないと発言していました。町長の意向は今後は町主体でやるということになるので、どういう風の吹き回しかという印象です。

 見過せない大きな問題は、自治会長が自治会として常会長会にはかって決定したことに関して、町からそういう意向があったことを、常会長会に相談することなく、町の方針にしたがって、自治会の決定事項の変更の可能性を町に示したこと、5月27日の会合の協議内容を変更したことです。

 「町政懇談会」が「まちづくり懇談会」と名前が変わったこと、今回は従来方式だったですが、開催がワークショップ形式になったことから、町長は、「自治会(任意の住民自治組織)」の「まちづくり委員会(行政が組織する住民組織)」への再編成を考えているのかも知れません。高森町の場合、戦時中に組織された「常会」という組織の名前を残していますが、常会を構成要素とする自治会は、地方自治法に関係ない任意の住民自治組織です。本来、町は介入できないはずです。飯田市はそれをやって失敗しました。

 このような話し合いというか押し付けの会であるのに、生徒たちに、ごみ処理を手伝わせることで地域に参加することをの意義を教えることになるとか、住民の手作りによるイベントで一体感を得ることができるなど、寝ぼけたことを発言する方もいましたね。

 オリンピックや万博みたいな、大きなイベントを開くことに意義があるなんてのは実はもう時代遅れになっていると思います。それは地方の市町村でもいえることですが、高度成長期の妄信が行政担当者にまだ残っているのだろうと思います。