更新:2022/06/20

リニアを見据えては砂上の空論

絶対に無視できない超電導リニアの問題点

日本のリニアははるかに優秀 石原運輸大臣

 2月1日に亡くなった石原慎太郎氏は、1987年11月6日から1988年12月27日まで竹下内閣で運輸大臣をつとめました。1988年1月にドイツの磁気浮上式鉄道であるトランスラピッドのエムスランドにあった実験線を視察。当時トランスラピッドは、日本より実用化が近いといわれていたようです。石原氏は帰国直後の1月21日の記者会見で、日本のリニアモーターカー(磁気浮上式鉄道)は西ドイツのものよりすぐれている のに、「ブタ小屋とトリ小屋の間を走っているような状況では、日本のリニアの技術を世界に印象付けられない」 ので、北海道と山梨で早急に実験線の建設に着手したいと述べました。

『朝日』1988年1月22日 "リニアの新実験線 山梨でも65年度着工 運輸相表明"、"ブタ小屋とトリ個やの間では リニア技術、世界に映えぬ 宮崎実験線で運輸相が発言" による

トランスラピッド方式は、2002年に上海で営業路線が完成し、2004年1月から正式な営業運転を開始しました。2003年11月には時速501㎞で走っています。

 この発言は、とくに宮崎県では反発をかったようです。2月3日の衆議院予算員会で自民党の山下徳夫(1919年10月7日生まれ、2014年1月1日死去)議員の質問に対して、弁解と同時に日本の超電導リニアの優位性を訴えています。

(山下(徳)委員) … 大臣は先般西ドイツですかのリニアモーターカーを視察されました。いろいろな御感想を述べられておるのを私も拝見いたしました。その発言が一部では物議を醸しているということでございますが、その真相は一体どうなんですか、この際はっきり……。
(石原国務大臣) せんだって西ドイツのエムスランドというところに参りまして、向こうの技術をつぶさに見て参りました。翌日、ちょっと時差ぼけが残っておるときに記者会見いたしまして、言葉が不十分で大変誤解を招きまして、また一部の方々に御迷惑をおかけしたこと、申しわけないと思っております。
 特に宮崎県には私、じかに本意を釈明、説明いたしましたが、私、向こうへ行って非常に強いショックを受けました。それは、日本の実験の施設に比べて、こちらは七キロ、向こうは三十一キロという路線を敷き、敷地もゴルフ場が十も二十も入るぐらい広大な敷地で実験をしておりまして、しからばどちらが技術的に優秀かというと、はるかに日本の方が優秀でございます。
 それだけの成果を上げていながら、実は先般、ラスベガス市がロサンゼルスまで二百数十キロの路線を敷くに当たりまして、どういうわけかカナダの技術陣に調査を依頼しました結果、その報告でドイツ側の技術が採択をされることになりまして、その報告には奇妙なことに、論理的にも技術的にもはるかに日本の方が上であるが実験が足りないようだ、よって実用性はドイツの方が先であるということでありました。…もう既にはっきりと国際的な商品価値を持っておりますこの日本の技術が、実は第三国によってそういうふうに正当に評価され得ないということは、これを開拓した技術陣にとっても申しわけないし、また国民の期待にも背くものだと思いますので、何とかこれをできるだけ早く実用に供したいと思うばかりにちょっと失言もいたしましたが、本意はそういうところでございました。(国会会議録:第112回国会 衆議院 予算委員会 第4号 昭和63年2月3日 より。PDF版)

アメリカの評価は違った

 1980年にラスベガス市議会は、ラスベガスと南カリフォルニア間の高速輸送機関の必要性を認め、1981年に第1段階の検討をはじめ、1983年に報告書を出しました。そのなかで トランスラピッド方式で建設することを提言していました。トランスラピッドだけでなく、日本国鉄の超電導リニア方式、日本航空のHSST、フランスのTGVも技術評価の対象にしており、磁気浮上方式としては、西独のトランスラピッドMaglevのみがこの路線において期近の実用化に向けて準備ができており、1995年には商業化が達成されることがわかったからとされています。

大塚邦夫著『西独トランスラピッドMaglev―世界のリニアモーターカー』(公共投資ジャーナル社、1989年)、p84~86

 石原氏は「日本の技術が、実は第三国によってそういうふうに正当に評価され得ない」と主張しているのですが、実際には、超電導リニアは当時の段階では実用化の準備ができていないと評価されたのです。

 やや古い本なのですが、ジェラルド・K・オニール著、牧野昇訳『テクノロジー・エッジ 六つの超技術市場』(新潮社、原著1983年、訳本1985年)の第4章「磁気浮上」(p157~188)に、ラスベガスとロサンゼルス間の路線計画について次のようなことが書いてありました。

1982年までに、ラスベガス市は、市議会、観光局、郡、アリゾナ州からの援助、それに米国政府からの補助金を加えて研究資金を調達した…1982年に調査が始められたのである。ラスベガス市は、バッド社にベクテル・エンジニアリング社と協同で調査を行うよう依頼し、バッド社はその一部をTRI(*1)に委託した。バッド社の技師たちは、従来の高速レールシステム(ワシントン・ニューヨーク間のメトロライナー、カナダの軽量ディーゼル機関車、日本の新幹線、フランスのTGVなど)と現在西ドイツと日本で開発中の「超高速」マグレブ・システムを比較検討した。その結果、日本の国鉄が開発している力学的マグレブ(*2)・システムは、高度すぎて1980年代に建設するのは不可能であろうと判断を下し、TVE(*3)のTR-06型の引き合うマグレブ(*4)・システムが実用的であり、研究するに値する、という結論に達した(p179)

*1 の「TRI」は「トランスラピッド・インターナショナル社」。
*2 の「力学的マグレブ」(EDS = Electrodynamic suspension、電気力学的支持)は国鉄・JR東海の超電導リニアのこと。「マグレブ maglev」は 「磁気浮上式鉄道 magnetic levitation propulsion system 」のことで、日本ではリニア・モーターカーと呼んでいる。
*3 の「TVE」は、ドイツのエムスランドにあったトランスラピッドの実験線(Transrapid Versuchsanlage Emsland)。
*4 の「引き合うマグレブ」はトランスラピッドやリニモなど常電導の磁気吸引方式(EMS = Electromagnetic suspension、電磁石支持)のこと。

技術の信頼性が実証されているとは?

 従来の鉄道で言えば、車輪とレールの関係を磁石の力に置き換えるというのが磁気浮上式です。磁気浮上式鉄道の「磁石」は鉄道の車輪にあたります。磁気浮上式鉄道に採用する「磁石」については、乗り物としての安全性のために、鉄の車輪と同じような信頼性が必要です。

 磁石の吸引力というのは、なにも工夫をしなければ、磁石や鉄とくっついてしまうので、くっつく寸前で位置を決めるには相当の工夫が必要です。電磁石は流す電流の強弱で磁力を変化できるので、吸いつけようとする相手との距離をセンサーで測定してその数値をもとに電磁石に流す電流を適切に変化させることで隙間を保つことができます。エレクトロニクス技術を利用しているわけです。当時すでに、エレクトロニクスの技術の信頼性は非常に高く、実証済みの技術を応用しているので、吸引力を利用する常電導のトランスラピッドは信頼できると判断されたのだといえます。実験線の規模が立派だとかそういった問題じゃありません(補足)。

磁石がレールに近付けば近付くほど、引きつける力は強くなり、なお近付くことになる。このような不安定な力を利用して、電磁石がレールとの間に一定の間隔をおいて浮いているような安定状態をつくり出すために、技師たちはセンサーを取り付けて常にレールと列車の間隔を計測させ、増幅した情報を電子的にフィードバックさせて電磁石を制御している。間隔が小さくなり過ぎるとセンサーが電流を低め、引く力を弱くさせるような信号をフィードバックするのである。元来が不安定な力を浮上力として利用するこの方法は危険に思えるかもしれないが、現代のソリッドステートのエレクトロニクスは非常に信頼性が高く、また利用する力も並列電流によって簡単に供給できる(*)ので、実際は極めて安全である。引き合うマグレブの実用面における安全性は、実証されている。(『テクノロジー・エッジ 六つの超技術市場』、p165)

* 「利用する力も並列電流によって簡単に供給」:やや意味が分かりづらい言葉だと思いますが、常電導で浮上に必要な電力は小さいこと、また、トランスラピッドでは車体側に発電コイルがあり、ガイドウェイ側の推進用コイルを巻きつける芯部分の突起が走行時に車体側に発電コイルの位置で磁束の変化を生じるので発電コイルに電流を生じます。その電気をバッテリーに充電しています。(参考:正田英介ほか著『磁気浮上鉄道の技術』1992年、p185)

 磁石の同極同士に働く反発力はエレクトロニクスなど何らかの工夫をしなくても働くことは明らかです。しかし、実際にはそう簡単な話ではありません。車体側の超電導磁石では常に磁力を発生しているのですが、軌道側については、軌道側のコイルは常に磁力を出しているのではなく、超電導磁石が直前を通過する時にやっと磁力を生じます。そして、車体が走っている状態、それも時速100㎞~150㎞程度の速度にならないと車体を持ち上げる程の磁力がでてきません。また車体側の磁石は非常に強力な磁力を発生できる超電導磁石でなければなりません。超電導磁石を冷やすために冷凍機が必要ですが、当時は、超電導技術がいろいろな産業の分野で広く普及していなかったので、超電導方式を採用した磁気浮上式鉄道は常電導に比べまだ開発に時間がかかり、投資するにはリクスが高いと判断されたようです。常電導のHSST(2005年から営業をしているリニモの方式)を開発した日本航空の技術者も、常電導方式 の魅力はなんといっても大部分がすでに解明され実用化されている技術の応用であり,それゆえに安価でかつ実用化がきわめて容易であることである.(中村信二、「HSSTの開発について」) といっています。

力学的マグレブを利用する場合は、列車自体が金属の誘導線路(※1)に対して電流を流して浮上状態をつくり出す。マックスウェルの方程式が予見したこの誘導効果は、基本的に安定している。誘導電流は列車に装着されたケーブル(※2)とは常に逆方向へ流れるので、もし車体が沈んで誘導線路に接すると、反発力が増大するのである。…技術者たちが下した結論によると、力学的マグレブが実用化されるためには、列車を流れる電流がきわめて強力で、誘導線路から列車の浮上間隔が数インチ(引き合うマグレブの場合はふつう二分の一インチ以下)に達しなければならない(※3)。そのような強い電流をあまり電力を消費せずに得るためには、超伝導体を利用しなければならない。しかもそのためには、列車に冷凍機を装備して、特別な合金(ニオビウム・スズが好ましい)を常に摂氏零度(☆)よりほんの二、三度上の温度に冷やし続けなくてはならない。これは低温学の問題であるが、低温技術が商業的に大々的に利用された例はこれまでのところないので、バイヤー予備軍は力学的マグレブは引き合うマグレブに比べて開発にまだまだ時間がかかり、リスクが高そうだと見ている。(『テクノロジー・エッジ 六つの超技術市場』、p166)

※1 (2022/06/22 訂正・補足)「誘導線路」=「ガイドウェイに設置されたループコイル(コイルの巻き始めと巻き終わりがショートしてあるコイル)」。JR方式でいえば、ガイドウェイの側壁に取り付けられている「浮上案内コイル」。この説明では、ガイドウェイの底の部分に取り付けられたループコイルを想定しているので「もし車体が沈んで…」という説明になっています。

※2 「列車に装着されたケーブル」は超電導磁石のこと。超電導磁石は、ぐるぐる巻いたケーブルに大きな電流が流れ続けている、そういう仕組みです。

※3 超電導リニア(力学的マグレブ)ではガイドウエイのなかで車体が、上下方向にも左右の方向にも、車体の重量や遠心力によって「ずれる」ので、その分を見込んで大きな隙間が必要になります。常電導の引き合うマグレブはすきまを一定に保つように制御をしているのですきまは1㎝程度でもOKです。

☆ 補足2023/03/17 「摂氏零度」は「絶対零度」(セ氏零下273.15度)のはずですが、現在手元に書籍がなく、引用時のタイプミスか原本のミスか確認できません。

 石原氏が、トランスラピッドよりはるかに優れた技術と力説していた日本の超電導リニアはアメリカではカギとなる超電導技術について信頼性が実証されたものではないという評価がされていたのです。

 さて、30年以上たった現在ですが、医療検査機器のMRI、研究機関の実験装置など、静かな条件で使うものは普及していますが、鉄道のような、振動や気候条件など厳しい(荒っぽい)条件下で使っているのはJR東海のリニアだけです。そして、超電導リニアが採用している超電導磁石の信頼性は向上したかという問題。

 超電導磁石については突然磁力がなくなる現象(クエンチ)が宮崎実験線の時代にはしばしば起きていたようですが、山梨実験線に移ってからは、JR東海などによればほとんど起きていないようですが、その心配は残ります。

 現在、超電導リニアが採用しているニオブチタン系合金の超電導磁石は液体ヘリウムで冷やす必要があります。この液体ヘリウムの入手が難しくなっています。今のニオブチタン系合金の超電導磁石を使い続けるとすれば、ヘリウム不足が超電導磁石の信頼性を損ねます。信頼性は安全性だけでなく列車運行がきちんとできるかどうかにも関わってきます。

 JR東海は、ヘリウムのいらない、高温超電導物質を用いた超電導磁石の開発をしているはずです。いまだにニオブチタン系の超電導磁石を搭載した試験車両で実験を続けているのですが、2023年度中に高温超電導磁石の採用について判断を出さなくてはならないはずなのに、開発の状況について何も公表されていません。

 超電導方式(力学的マグレブ)のカギとなる超電導磁石の実用性はいまだに実証されたといえる状況ではないといえます。鉄の車輪に比べて信頼性が低い超電導磁石を列車に用いるべきでないという専門家の指摘もあります。

人命にかかわるリニアの支持(レールへの輪重)、案内(車輪のフランジと踏面のテーパ)、推進(車輪レール間の粘着力)の心臓部を担う基礎部材などに超伝導磁石を使うべきものではなく、これはもっと高級な精密機械に使用されるべきもの…鉄道のレールと車輪は絶対に壊れない鉄のかたまりでできているから安全なのです。(北山敏和の鉄道いまむかし)

 なお、ラスベガスとロサンゼルス間の磁気浮上式鉄道計画は結局実現しませんでした。

 2014年に国土交通省は超電導リニアの品川と名古屋の間の建設計画を認可しました。実証されていない技術である超電導リニアの営業路線について建設を認可したことは、全幹法に基づいて認可したといっているので、なにか逃げ口上があるのかもしれませんが、この認可は「不適切」であり「違法」と判断されて当然だと思います。

補足

 石原運輸大臣の国会答弁には、彼の他のいろいろな問題発言同様に、人をだますようなロジックがあると思います。リニア計画の環境影響評価書に対する環境大臣意見は非常に厳しい内容で、2014年当時の国交大臣がまともな神経と判断力を持ち合わせていたとすれば認可できるはずのないものでした。皮肉なことに、時の環境大臣は石原慎太郎氏の長男の石原伸晃氏でした。というようなことはどうでも良いのですが…

 ジェラルド・K・オニール著、牧野昇訳『テクノロジー・エッジ 六つの超技術市場』は、西ドイツ政府から1億マルクの資金援助を受けて、シーメンス社、テレフンケン社、ブラウンボベリ社が共同で超電導誘導反発方式を1970年代に研究したことにも触れています。1973年のオイルショックで省エネルギーが優先事項となったので、常電導よりはるかに大きな電力を消費する超電導方式に対する「熱意は立ち消えになった」としています。時速500キロという速度についても必要なのかという論点もあったようです(上海で走っているトランスラピッドの列車は時速500㎞で走行可能ですが)。

 大塚邦夫著『西独トランスラピッドMaglev―世界のリニアモーターカー』は、超電導方式について以下のように評価しています(p37、項目の番号は引用者による)。

 常電導方式が選ばれた理由は、超電導磁石を用いたリニアモーターカーの研究で明らかになった、経済的・技術的デメリットが原因であった。
 最近の超電導技術は進歩してきているが、以下のような欠点が解決されていない。
 当時の結論は1987年に再度見直され、1977年の選択は間違っていなかったことが確認された。

 5つの問題点がJR東海のリニアで改善されているのかどうか。

 (2)でカーブの走行性能が低い、その原因がというのは、私自身の推論にすぎませんが、トランスラピッドの実験線に半径1㎞というキツイカーブ(ループ線)があったのに、超電導リニアの実験線には半径8㎞というほぼ直線のようなカーブしかないということは事実としてあります。つまり新幹線が走るようなふつうのカーブの走行試験おこなわれていない。また、カーブでは、外側と内側の長さが違うので、浮上用コイルを12.6mあたりに14個ずつ取り付けたパネルを並べていくというガイドウェイの構造もキツイカーブをつくることを考えているとは思えません。カーブでは、外側と内側のパネル同士の間隔をかえて辻褄を合わせる方式なのですから。

 その結果、ほぼ直線のルートでしか建設できないということであれば、南アルプストンネルはどうしても避けるわけにはいかず、静岡県が着工を認めなければ、ルート変更もならず、建設は断念せざるを得ないはず。

 リニアの効用をいくら議論しても、リニアの技術があてにならないものであれば、リニアの効用についての議論は砂上の楼閣です。