更新:2023/04/15、04/16参照先等追加

中国のリニアモーターカー

 4月3日、中国の中国中車が高温超伝導磁石を用いたリニアモーターカーの浮上走行試験に成功したというニュースが流れました。

 『人民網日本語版』は、「パッシブ磁気浮上方式を採用しており、自ら制御する必要がなく」と説明しているので、JR東海と同じ誘導反発方式の側壁浮上方式だろうと思います。葛西敬之氏が『文藝春秋』2022年3月号の座談会(p96)で話していたものだと思います。当時、葛西さんは、四川省のほうでやっているバルク体を使った実験と勘違いしてるのかと思っていましたが。

 写真をみると、隙間はJR方式に比べ少ないですが、時速50キロで浮上走行に切り替わっているようなので、JR方式が150キロなのに比べ浮上力が低速でも十分になるように(*)、側壁の浮上コイルと車体側の超電導コイルの隙間を少なくしているのだと思います。テストコースの長さとの関係で(たぶん短い)、そうしているのでしょう。まだ実験段階のように見えます。

* 磁石同士の距離が増えると作用する磁力は距離の二乗に反比例して減少します。隙間を少なくすれば、より遅い速度で十分な浮上力を得られるわけです。また、車体のサイズも小さいということもあると思います。

 JR東海や鉄道総研が公表している範囲内の情報で、それなりの技術力があればできるわけです。オリジナルは、50年以上も前に出されたアイデアなんですから。常電導の磁気吸引方式(中国中車が開発中)との比較のためにやっているのかも知れませんね。

 高温超伝導という点については、JR方式では、まだ実用段階に来てはいないようで、開発期間を3年延ばしたのがこの3月。実用化段階にきているなら、山梨実験線で列車全部の超電導磁石を高温超電導磁石に置き換えて安定な走行試験の結果が得られたというニュースが何度も流されているはずですね。

『東洋経済オンライン』

 4月12日には、静岡県のリニアの未着工問題について静岡県と川勝知事について常軌を逸した(*)ようにも思える批判をしている、『東京経済オンライン』が、中国のリニアモーターカーの開発状況について記事を掲載しました。

* リニアモーターカーは従来の鉄道のようなレールを使っていないという点で、そもそも「常軌を逸して」います。だから、リニアを擁護する発言は「常軌を逸して」しまいがちなのだろうと思います。

 冒頭で紹介した3日の中国の超電導リニアのニュースを受けての記事。

 筆者は中国に「3つのリニア研究プロジェクト」があると、(1)3日のニュースの中国中車が長春で開発中のもの、(2)中国中車が青島で開発し上海の同済大学構内で試験走行をしている、トランスラピッド方式に酷似した常電導のもの、(3)四川省成都市の西南交通大学が開発しているものについて触れています(*)。なお、じつは、(2)の派生型ですが、名古屋のリニモに似た常電導方式で北京と長沙に営業路線があります。

* 記事は詳細を説明していないですが、高温超電導物質を塊のまま(バルク体で)使う方式で、山梨県立リニア見学センターで入場者に見せている超電導コースターと同じ原理です。コストがJRリニアに比べどれほどなのか分かりませんが、あとで触れるような誘導反発方式の欠点は無いように思います。

 (1)の方式について、「超電導磁石を使用し、列車が動いているときに浮上するという点では、今回の中車長春軌道客車のリニアは日本の超電導リニアと似ている。ただ、どのような仕組みで浮上・推進するのかは明らかにされておらず、実際に似たようなシステムなのかどうかは不明だ。」としていますが、軌道の側面にコイルがあって底面にコイルがないことなどは報道された写真をみればわかるし、時速50㎞で浮上することなどから、日本とほぼ同じ仕組みであると予想はつくはずです。

超電導(誘導反発方式)の問題点

 3ページ目と4ページ目を読むと、まあ、いってみれば、中国の技術開発はちょっと無駄に思える事でもやってみる余裕があるということじゃないかと思います。ドイツだって、超電導の誘導反発方式の研究開発はやってみて、その結果コリャ駄目だという結論を出していたわけです。大塚邦夫著『西独トランスラピッドMaglev―世界のリニアモーターカー』によれば(項目の番号は引用者)誘導反発方式の問題点は:

 常電導方式が選ばれた理由は、超電導磁石を用いたリニアモーターカーの研究で明らかになった、経済的・技術的デメリットが原因であった。
 最近の超電導技術は進歩してきているが、以下のような欠点が解決されていない。
 当時の結論は1987年に再度見直され、1977年の選択は間違っていなかったことが確認された。

 ドイツで指摘された問題点が、JR東海のリニアで解決されているのかどうか?

 (1) については、軌道周辺の構造物について、普通の鉄道や、常電導方式のリニアモーターカーなどのように金属材料が使えなかったり、コンクリートの鉄筋についても、普通の鉄筋は使えないようです。

 (2) が一番の難問だったと思います。

 宮崎実験線では、最初は、ガイドウェイの底の部分に浮上用のコイルを並べて、案内用のコイルはガイドウェイの中央に立てた「ついたて」の両側に案内用コイルを並べた構造でした。ガイドウェイの底に浮上用コイルがあると、車体側の超電導磁石とは常に向き合っていることになります。電磁誘導で浮上用コイルに磁気が生じるのですが、近付くときには浮き上がるような向きの磁力が働きますが、通り過ぎる時には沈めようとする方向に磁力が働きます。低速では、沈めようとする力に抗するだけの余計な電力が必要なはずです。案内用コイルについては、常に抵抗になるはずです。

 国鉄の技術陣は、側壁に「8の字」型の浮上案内兼用のコイルを並べ、車輪走行で加速する時に、超電導磁石の中心と「8の字」の中心を合わせることで抵抗をゼロにするようにしました。これで、低速時のブレーキ作用については解決できたはずでした。

 しかし、案内という点でみると、軌道の幅が広がったことになるので、通過できるカーブの半径はより大きくなったはずです(とはいっても、そもそも、国鉄JRのリニアは曲線走行についてきちんと試験した様子がないように思えますが)。また、カーブでは、(ア)内側と外側の距離が違うこと、鉄道ではスラックといわれるカーブでは(イ)軌道幅を広げる必要があることなど、直線部分とは違う配慮が必要なはずです。

 (ア)については、ガイドウェイの浮上案内用コイルは12m58㎝の長さのコンクリートパネルに28個が取り付けてあります。このパネルを12m60㎝ごとに並べて行くのですが、直線部分は問題ないのですが、カーブでは外側と内側の距離が異なるので、隣同士のパネルの2㎝の隙間で調整できる範囲のカーブしかできないはずです(*)。

* 参考:"円のつくりかた、カーブのつくりかた"

 (イ)については、磁力は距離の二乗に反比例すること、誘導で生じる磁力は速度が遅くなれば弱くなることなどから、約8㎝の隙間で対処できる範囲のカーブしかできないはずです。つまり、側壁浮上方式を選ばざるを得ないので、ほぼ直線のルートでしか建設できず、南アルプスをトンネルで貫かざるを得ず、大井川の水資源問題と南アルプスの生態系の保全の問題で計画が頓挫せざるを得ない状況になっています。

 「これまで実績のある対向浮上方式からの変更は当時の関係者一同にとり大きな決断を要する事柄」(『RRR』Vol.78 No.1 2021.1,p31)だったとか、安全性を考えずに「U型の工事を計画し認めてしまったのが、間違いの始まり」(「北山敏和の鉄道いまむかし」)などの指摘があります(*)。

* 詳しくは、このページを参照願います。

[ 2023/05/05 補足] 鉄道総合技術研究所のサイトの「超電導リニア技術」というページの「超電導リニア開発の歴史」によると、宮崎実験線時代の実験車両「ML-500」、「ML-500R」は「逆T型ガイドウェイ」で走行。宮崎実験線で「MLU001」がU型ガイドウェイ走行実験開始したのが1980年11月。側壁浮上方式の走行試験がはじまったのが1991年6月となっています。鉄道総合技術研究所の「RRR」の2013年3月号に「超電導磁気浮上式鉄道の ガイドウェイ」という記事に図解や写真があります。

 常電導のトランスラピッドの実験線や上海の営業路線には普通にカーブがありますが(さらにドイツの超電導は円形のテストコースで実験走行が行われていました)、国分寺のテストコース、宮崎実験線、山梨実験、計画中のルートはどれも直線かほぼ直線で、トランスラピッドのようなカーブはありません。

 対向浮上方式では電力消費が大きいこと、乗客数が少なくなる。一方、側壁浮上方式では、乗り物として肝心の曲線の走行性能と安全性に問題が出てくるとすれば、そもそも、超電導磁石を乗り物の車輪替わりに使うことに無理があるということだと思います。

(3) 低速走行時の車輪とその出し入れ装置はJRリニアではもちろん使われています。また、いまだに、液体ヘリウムや液体窒素を使った冷凍機も搭載しています。

(4) 報道関係者への試乗会のたびに、乗り心地、とくに揺れの問題と、耳ツン現象の問題が指摘されてきました。2020年12月4日にJR東海は、小牧市内にある研究施設の「リニア走行試験装置」を報道陣に公開しましたが、例えば、『信毎』(*)の記事は、「この日は実験線の直線区間を走る状況が再現され、約4センチ浮上した車両が細かく揺れ動いていた。」と、『乗り物ニュース』(**)の記事は、「『リニア走行試験装置』によるテストの様子を取材したところ、車両が浮き上がり(今回は約4cm)、様々に細かく揺れる姿が見られました。実車体の振動を元に、リアルタイムに計算。揺れを再現しているそうです」と書いていました(参考ページ ⇒ 「リニア走行試験装置」の公開)。

* 『信濃毎日新聞』2020年12月5日 "乗り心地は耐久性は 走らせず検証 JR東海、愛知の施設を公開"

** 『乗り物ニュース』2020年12月4日 "JR東海「走らぬ超電導リニア」を導入 それが効率的なワケ L0系&MLX01実物使用"

 浮上用コイルはガイドウェイの側壁に規則正しく並べてあるのですが、鉄のレールのようになめらかに連続したものではなくて、規則正しい凸凹道を走るようなもので、台車の超電導磁石は常に細かい振動を受けているわけです。時速500㎞で309ヘルツ(1秒間に309回揺れる)です(*)。速度によって変化する細かい振動について、車体に共振する部分があれば振動が起きるはずです。

* "超電導リニア開発裏話 中島洋" によれば、「軽視されてきた問題は,力の絶対値は小さいが,繰り返し発生する振動力であった.この振動力は,一定の間隔で並んだ地上コイルが原因で,言うなれば超電導磁石が規則正しい凸凹道の上を走っているようなものである.その周波数は車両の速度に正確に比例して増加し,山梨実験線では500km/h走行時には309Hzになる.このため,この超電導磁石もしくは車両のどこかに,この309Hz以下の固有振動数があれば,加速中に大なり小なり共振現象を起すことになる.」

(5) については、超電導磁石の強力な磁力が人体に影響がることをJR東海も認めており、対策をしています。超電導磁石のような強力な磁石を用いなければ対策の必要はありません。

 車体には磁力をさえぎるための磁気シールドが施されていますが、これが車体を重くしているはずです。

 超電導磁石の装着された台車の上部に座席を設置することができません。車体の細さもあって、座席数は新幹線の70%程度です。

 プラットホームから直接乗降りするのではなく、ドアの部分に、飛行機のボ―ディングブリッジのような伸縮式の渡り廊下を使って乗降りします。新幹線は各車両の前と後ろで片側に2つのドアがありますが、乗降り装置のコストの関係なのだろうと思いますが、ドアは各車両片側1つです。複雑な装置なので故障の可能性もあり、故障した場合はダイヤに影響が出ます。常電導のトランスラピッド(上海リニアモーターカー)と比較すればあきらかですが、乗客にとっては従来の鉄道に比べて違和感があるだろうし、事業者側にとっては、乗降り装置のメンテナンスが大変です。また、ドアが少ない分、通常の鉄道車両にくらべて乗客の乗降りに時間がかかる可能性もあります。

 近々、ドイツのシーメンス社などが1977年と1987年に行った、超電導誘導反発方式(EDS)に対する判断(*)が正しかったことが確認できたと中国が発表するかも知れませんね。

* 誘導反発方式のもともとのアイデアはアメリカのパウエルとダンビーという2人の技術者によるものでした。アメリカでもこの方式の開発が始まったのですが、途中で立ち消えになりました。『日経サイエンス』1992年10月号に「アメリカのリニア(AIR TRAINS)」という記事が掲載されており、90年代にアメリカでされた浮上量を高くしようとするプランについて、ドイツのトランスラピッド側が、「良好な乗り心地を得るためには、車両とガイドウエー間のギャップを小さくする必要かある。 グラマンもそのほかの開発チームも、我々のようにそのことを発見するだろう…トランスラピッドの方式は正しい。 これ以外の方式は欧州では10~20年前に放棄された方式だ」と批判したエピソードが書かれています。⇒ 「北山敏和の鉄道いまむかし」 > "アメリカのリニア(AIR TRAINS)" (このページは "Internet Archive waybackmachine" にもキャッシュがあります。)