更新:2023/05/26

磁気浮上の夢と現実

 たぶん、たしかに、いつだったか、取り上げたことがあると思うのですが、岩波書店から出ている『科学』の2013年11月号に、阿部修治さんが書かれた "エネルギー問題としてのリニア新幹線" があります。

 超電導リニアの技術的な問題点の基本的な部分を指摘しているのですが、全部で9ページの1ページ目に次のように書いてあります。

(磁気浮上式鉄道の)開発の中心となったのはドイツと日本であった。磁気浮上式鉄道にもさまざまな方式があり,工学的に最適な方式を選定したドイツの「トランスラピッド」と日本の「HSST」は 1990 年代までにほぼ実運用可能な水準に達したが,日本の旧国鉄から JR が引き継いで開発してきた独自方式の「JR リニア」は,そのシステムの複雑さゆえに開発は困難を極め,半世紀という長い時間と多額の研究開発資金を投じて,ようやく実用化の手前の水準にたどり着いたところである。

 大事なところは、「工学的に最適な方式を選定したドイツの『トランスラピッド』と日本の『HSST』は 1990 年代までにほぼ実運用可能な水準に達した」というところ。一方、超電導リニアが「半世紀という長い時間と多額の研究開発資金を投じて,ようやく実用化の手前の水準に」という意味は、超電導磁石の採用は「工学的に不適切な方法を選んでしまった」という意味じゃないですかということ。

 ついでに、引用した段落の前の段落は、1964年以来「高速性と省エネルギーを両立させる技術開発により,高速鉄道技術は社会の期待に応え,社会に受け入れられてきた」ことについて触れています。「鉄道」と「磁気浮上式鉄道」との優劣について、こんな指摘もあります。時代的には、国鉄が会社化されたころです。

私がこれまでに聞いた磁気浮上式に関する批評のうち最も印象的なものは、1984年にバーミンガムで開かれた会議の席上、イギリスのGEC社の技術部長 M.P.リース博士が語った次のような言葉である。いわく『もし仮に、誰でも彼でもがホヴァークラフトだの磁気浮上式車両だのに乗っているような事態になったとしよう。そのときには、車輪という発明は、われわれがいま考えているよりもずっと素晴らしいものだということが分かるであろう』(※)。日本とドイツで既に巨万の費用をかけた研究がなされたにもかかわらず、磁気浮上車両がまだ営業運転を開始するには至っていないということに、冷静に思いをいたすべきである。」(マレー・ヒューズ著/菅健彦訳『レール300 世界の高速列車大競争』山海堂、1991年[原著は1987年]、100~101ページ)

 さて、1987年といえば、大塚邦夫著『西独トランスラピッドMaglev―世界のリニアモーターカー』、37ページにつぎのようなことが書いてあります。

 (ドイツで)常電導方式が選ばれた理由は、超電導磁石を用いたリニアモーターカーの研究で明らかになった、経済的・技術的デメリットが原因であった。
 最近の超電導技術は進歩してきているが、以下のような欠点が解決されていない。
 当時の結論は1987年に再度見直され、1977年の選択は間違っていなかったことが確認された。

 最近の出来事としては、「高温超電導磁石の長期耐久性の検証」という期限が2023年3月末(2022年度)だった開発課題が、2026年度まで延長されています(関連ページ)。大勢が利用する以上は、安全で信頼性がなくてはなりません。幹線として建設するなら、走行技術として、鉄の車輪とレールの組み合わせに匹敵する信頼性がなければならないはずです。これが基本だと思います。超電導磁石の信頼性については:

取り扱いが大変で精密機器のような超伝導磁石を、安全を優先しなければならない交通機関に何故使用しなければならないのか、もし山梨リニアの試乗会で超伝導磁石のクエンチが起こり死傷事故が起こったら、誰が責任をとるのだろうか。…人命にかかわるリニアの支持(レールへの輪重)、案内(車輪のフランジと踏面のテーパ)、推進(車輪レール間の粘着力)の心臓部を担う基礎部材などに超伝導磁石を使うべきものではなく、これはもっと高級な精密機械に使用されるべきもの…鉄道のレールと車輪は絶対に壊れない鉄のかたまりでできているから安全なのです。(山梨リニアの超伝導磁石)

 さらに現実として、リニア建設は、環境影響を軽視したJR東海が静岡県で困難に直面しているんですが、各地で工事が思うように進んでいないわけで、例えば南アルプストンネルの長野工区ではトンネルの掘削のペースはJR東海の予想の3分の2程度(工事期間が1.5倍になる)。そもそも建設計画(工事実施計画)が杜撰だったからだと思います。環境影響評価書で示されている工事工程どうりに工事が進んでいるところがどれほどあるでしょうか?

 2027年開業という目標。工事に必要と思われる期間から、2027年としたのであれば、静岡以外のところで、工事期間が1.5倍になるなんてことはないはず。最近、気が付いたんですが、2027年というのはJR東海が発足した1987年から40年ということじゃなかったのかと…。

 そして、社会も実はリニアのようなものはいらないということが分かり始めてきて、長野県内でさえ、リニアに期待している人は約3割、期待していない人は約7割というアンケート結果も出ています。長野県世論調査協会が2021年8月20~22日に実施した県民世論調査の結果では、リニア新幹線に「期待する」が28%、「期待しない」が68%、「期待する」は南信でも33%(『信毎』2021年8月31日 "阿部知事支持率84.1% 県民世論調査 県内経済 「活気ない」依然6割超")。

※ たぶん原文は仮想法で、「いったい空気や磁力で浮上して走る列車に誰もが利用する時代がくるだろうか、つまり車輪の発明というのはわれわれが思っているより以上に素晴らしいものなのだ」という意味、つまりそんな時代は来るはずないよという意味でしょう。脱線しますが、地域再生について各地で講演をしているある識者は、新幹線の駅だとか、リニアだとかについて、講演の時、早くできると良いと話すけれど、そのこころは、そういうあてにならないものに期待しているだけで、地方の行政担当者が地域活性化について何の政策も持っていないことが分かるからだといっていましたね。表現の仕方が似ています。

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