更新:2023/08/12、2023/08/15 補足

アメリカのリニア計画はどうなっているか?

知らされない、「不都合なニュース」

 結論を先にいうと、「上手くいっていない」し「上手くいかないだろう」と、いうしかないと思います。その理由は:

2011~2016年ころ

 日本政府とJR東海がいっしょになって熱心に売り込みをしていたことが、テレビや新聞で盛んに報道されていたのが、2014年頃をピークに、2016年ころまでだったと思います。

〇 2011年、北東マグレブ社(ザ・ノースイースト・マグレブ社、ウエイン・ロジャーCEO)がJR東海の委託を受けロビー活動を開始(『世界』2022年7月)。

〇 2013年2月22日、日米首脳会議で安倍首相がオバマ大統領に「リニア技術をアメリカに導入し、日米協力の象徴としたい」と述べる。

〇 2013年9月25日、安倍首相がニューヨーク証券取引所の講演で、日本の新幹線の鉄道技術の優位性を強調し「世界中から引き合いが」あるとし、さらに、超電導リニアは「日本では、今、東京と名古屋間で開業に向けた準備が進んでいます。その前に、まずは、ボルチモアとワシントンDCをつないでしまいましょう。私から、すでにオバマ大統領にも提案しています」と述べる。

〇 2013年11月15日、来日した北東マグレブ社幹部に安倍首相は1兆円の建設費の半分を国際協力銀行から融資すると述べる。

〇 2014年4月12日、キャロライン・ケネディ駐日大使が安倍首相、葛西敬之名誉会長とリニアに試乗。

〇 2014年4月12日、『日経』などが「東海旅客鉄道(JR東海)は米国への売り込みをめざしている超電導リニア新幹線で技術のライセンス料を求めない方針」と伝える。

 ライセンス料を求めないといってもね、たしか、超電導リニアの走行原理で基本的な部分の特許はアメリカが持っているはず(*)だと思います。アメリカで、1970年台と1990年台に一時開発が始まって結局立ち消えで終わっているのは、アメリカに技術力がないのでなく、開発する価値があるかどうか適正に判断できたといえないこともなく、その点で、JR東海の超電導リニアの技術が見透かされている可能性もあるんじゃないかと思いますね。(* About Brookhaven : Our History of Discovery によれば 、米エネルギー省のブルックヘブン国立研究所の研究者、ゴードン・ダンビーとジェームズ・パウエルはマグレブに関して1968年に特許を取得した。)

〇 2014年9月、北東マグレブ社は新たに設立する新会社(「ボルチモア・ワシントン・ラピッド・レール(BWRR)」)にたいして、休眠状態の「ワシントン・ボルチモア・アンド・アナポリス電鉄」の営業権を取得できるようメリーランド州政府に申請(『日経』2015年4月25日)。

〇 2015年4月25日、JR東海が、北東マグレブ社の幹部が「ボルチモア・ワシントン・ラピッド・レール(BWRR)」を設立したと発表。

〇 2015年5月6日、メリーランド州知事(ラリー・ホーガン)とウエイン・ロジャーが山梨実験線でリニアに試乗。

〇 2015年11月8日、アンソニー・フォックス米国運輸長官がリニアに試乗。

〇 2015年11月9日、アンソニー・フォックス米国運輸長官は菅官房長官、石井国交大臣と会談し、リニア導入の「計画立案や設計分析、環境影響調査のために連邦補助金2780万ドル(約34億円※)を承認した」と述べる。菅官房長官はあらゆる支援をしたいと述べる。※2016年予算案にメリーランド州のマグレブ調査費用として8億円を計上。

〇 2015年11月17日、メリーランド州公益事業委員会はBWRRに、1935年に旅客輸送を止めていた「ワシントン・ボルチモア・アンド・アナポリス電鉄」が持っていた路線営業権付与を認める。

〇 2016年8月24日、アナポリスで佐々江賢一郎駐米大使とホーガン知事が「経済及び貿易関係に関する協力覚書書」に署名。

〇 2016年、BWRR社がリニア計画をメリーランド州に申請。

〇 2016年11月、連邦鉄道局とメリーランド州運輸局がワシントン-ボルチモア間のリニア計画について環境影響評価を開始。

2021年以降、ボルチモア市が建設反対表明

 たぶん『日経』だけが伝えたと思うんですが、環境影響評価書の草稿が公表されたのが2021年1月で、このニュースが出てから、2023年2月に、JR東海の柘植会長がニューヨークのリニアのPRイベントで講演をしたニュースまで、日本の国内では、ほとんど何も報道されてこなかったと思います。そこが、重要で、なぜなのかという話になる。

〇 2021年1月、米連邦鉄道局(FRA)が環境影響評価書の草稿(承認日=1月13日)を発表。

〇 2021年2月16日、『日経』が「JR東海支援の米リニア計画 バイデン政権、追い風に 鉄道好き/公共投資重視/脱炭素 30年ごろ開業に前進」を掲載。「JR東海が支援し、米主要都市をリニア技術で結ぶ『北東回廊プロジェクト』が前進した。米連邦鉄道局(FRA)が2021年1月、環境影響評価書の準備書(草案)を公開した。22年初めにも最終的な評価書をまとめる。鉄道好きで知られるバイデン米大統領の就任も追い風とみられ、必要な手続きや資金、地元の合意を得られれば、30年ごろの開業が見えてくる。」。

 『日経』はバイデンは鉄道好きだからリニアに追い風と書いてます。しかし、民主党が鉄道好きで共和党が自動車と飛行機好きということがあって、その鉄道というのは、ネットワーク性の高い従来の鉄輪とレールの鉄道のことだということを忘れちゃダメですね。つまり、省エネルギーなど環境特性が優れているというところに重点があるわけで、スピードのためならエネルギー浪費型でも、飛行機に比べたら省エネですなんていってるJR東海の超電導リニアなんかはそもそも相手にされない(『東洋経済オンライン』2015年11月16日、冷泉彰彦 "米国が「リニア構想」進展に傾き出したワケ" が書いている事実の部分にもとづけば)。

 「☆」印のニュースは日本では報道されてこなかったと思います。特に、ボルチモア市が建設反対の意思表示をしているというニュースは、JR東海や国交省や期成同盟会にとっては「不都合な真実」のはずです。グリーンベルト市、カレッジパーク市とランドオーバーヒルズ市なんかもかなり手厳しいことをいっているし、連邦機関などからも批判が多いのです。それに、事業者である『ボルチモア・ワシントン・ラピッド・レール』社はボルチモア市内の駅用地の取得に失敗。

〇 2021年3月8日(頃)、環境影響評価書の草稿にたいするパブリックコメントの締め切りが延長される。

〇 2021年4月22日、環境影響評価書の草稿にたいするパブリックコメントの締め切りが再延長される。

☆ 2021年5月7日、『ワシントンポスト』が「連邦委員会の委員たちはワシントン・ボルチモア間の高速磁気浮上鉄道について疑問を投げかけている」と報じる。(『Washington Post』May 7, 2021,"Federal panel sows doubts about high-speed D.C.-to-Baltimore maglev train")

・ワシントン地域の連邦所有地開発を監督する担当者たちは、土地への悪影響をあげ、リニアの実現可能性と利点に疑問を投げかけている。
・アセスメントは最終段階で、FRA(連邦鉄道局)は、優先ルートを選び、2022年はじめに最終勧告を発行するが、FRAが許可しても、さらに連邦、州、地方の許可が必要。
・委員会の報告は、リニアは多くの部分で連邦所有地を通過するが、利用者が少数である営利行為と結論。
・コロンビア特別区の議会議長であるアーリントン。ディクソン氏は、(山梨実験線で)リニアに試乗して、ワシントン地域へ導入する構想にワクワクした。しかし、彼はこの計画についての懸念を指摘し、既存の鉄道インフラに投資することが最善の選択肢だと述べた。…「リニアにもワクワクするのだけれど、私たちをワクワクさせることはほかにもっと多くあるはず。リニアが私たちの土地や地域へ侵入(intrusion)することを、私たちは本当に望んでるんだろうか?」と語った。

〇 2021年5月24日、環境影響評価書の草稿にたいするパブリックコメントの締め切り。

☆ 2021年6月、ストーンウォールキャピタルが1300戸分のアパートやタウンハウスなどを建設するためにボルチモア市内、ウエスト・ポート近くの43エーカーの土地を買収。この土地はBWRRのリニア計画でボルチモアの駅が建設される予定だった。

☆ 2021年6月7日、ストーンウォールキャピタルの買収について、WBRR社は、BWRRには鉄道営業権があるので、土地収用法により用地を取得する権利があることの確認をもとめ提訴。

☆ 2021年6月23日、『Capital Gzette』が「ボルチモア市は、ワシントン間の北東マグレブの計画に公式に意見を表明し、公平性に関連する問題と事業が環境へ与える影響から建設の反対を勧告した…『ボルチモア市はいくつかの関心がある…公平性、環境的正義(environmental justice)、そして地域社会への影響に関連して』…」と報じる。(『Capital Gzette』Sun Jun 23, 2021 "Baltimore City recommends against building proposed $10 billion high-speed Maglev train to Washington" )

ボルチモア市の勧告
公平性、環境的正義(environmental justice)、そして地域社会への影響に関連して
  • ボルチモア市の意見は建設反対である
  • リニアは現在進行中の既存の鉄道インフラ整備の方向に沿うものでない
  • ボルチモア市内の駅(2候補)が環境に悪い影響を与える可能性がある
  • 他の一般市民が利用しやすい既存の交通手段の運営に影響を与える
  • 沿線の多くの地域と住民はリニアを利用できないのに建設工事の影響を受ける
  • 交通における平等と、市内と地域内で住民が信頼できる交通手段を利用できることが重要

2021年6月24日、『ワシントン・ポスト』が「ボルチモア市 『公平性と環境正義』が理由 『高速リニアモーターカー計画にノー』」もボルチモア市の意見書の内容を伝えています。さらに、この記事によれば、グリーンベルト市は評価書草案への意見書の中で「計画の財政的実行可能性があるのか、地域社会への利益がないことをあげ、富裕層には高速移動の利便性を、そうでない人たちにはマイナスの影響がある二層構造のシステムを生み出すと」とのべており、カレッジパーク市とランドオーバーヒルズ市がグリーンベルト市の意見を支持している。(『Washington Post 』June 24, 2021,"Baltimore cites ‘equity, environmental justice’ in saying no to high-speed maglev train project")

☆ 2021年8月25日、連邦鉄道局が環境影響評価の手続きを中断すると公表。

☆ 2021年8月30日、巡回裁判所は、WBRR社の訴えを却下。(『Baltimore Sun』Aug 30, 2021,"Judge dismisses Baltimore-Washington maglev rail operator’s lawsuit to condemn Westport developer’s land")

〇 2023年2月23日、ニューヨークで行われた超電導リニアのPRイベントでJR東海の柘植康英会長が講演。『読売』(23日)は米の計画について「計画は、環境影響評価といった当局の認可に時間がかかっている。数兆円かかるとみられる工事費の工面も課題だ。」と書く。


[2023/08/15 補足] グリーンベルト市の意見書について

 ワシントン・ボルチモア間のリニア計画の環境影響評価書の草稿に対するグリーンベルト市の意見を見つけたので紹介します。

GREENBELT MDMAGLEV PROJECT INFORMATIONFinal Comments

 以下、「結論部分」を訳してみましたが、間違いがあるかも知れませんので、その点はご容赦いただきたいです。また、こちらへご指摘いただければありがたいです。

FRAが行ったアセスメントの手続きの過程には広範な欠陥があるので、以下に記述する意見について、優先的にFRAが行うことを要求します。
1.この計画の検討を中止することで、これ以上税金の無駄遣いをしないこと
2.そうしない場合は、適切な目的と必要性があるかどうか、まともな科学的検討、そして、すべての情報を公開した上での意見募集と独立した機関による評価に基づいた合理的な代替案について評価するために、国家環境政策法の手続きを再度はじめからやり直すことであり、その後に、新たなアセスメントの草稿が議題となるだろう。または
3.少なくとも、公表されたアセスの草稿について意見募集期間を再開することと、FRAが検討したり草稿が依拠した情報について参照元が適切に公表されること。FRAが最後の2つの代替案に行き着くとすれば、国家環境政策法についての運輸省の規制と指針が運輸省にたいして、最終のアセスメントが決定の記録とは別に公表されることと、政府機関や国民一般に最終のアセスメントについて意見を述べる機会を設けることを求めていることに注意すべきだが、もし、運輸省が好ましい代替案を特定しなかったり(Code of Federal Regulaitions,Title 23,§771.123)、あるいは存在した場合でも、好ましい代替案についてはかなりの程度の論争がある。National Environmental Policy Act Reviews の3にある、運輸省、最終のアセスメントと決定の記録と正誤表の使用。

 グリーンベルト市の同じページにはプリンス・ジョージ郡政府の意見書も掲載してあって、「われわれは、ブティジェッジ運輸長官を強く支持し、プリンス・ジョージ郡の交通政策の最優先課題を無視するような交通手段に基金を浪費するよりは、連邦政府の既存の鉄道インフラを強化する投資を強く支持するものである。"NO BUILD option"(「建設しない」代替案)を選択されることを強く推奨する。」と述べています。

 あーあってな話になっているわけですね。で、ボルチモア市 やグリーンベルト市などの意見の中で、ようするに、もっとほかにやるべきことがあるよという点は日本でも実は同じ。「適切な目的と必要性があるかどうか、まともな科学的検討、そして、すべての情報を公開した上での意見募集と独立した機関による評価に基づいた合理的な代替案について評価する」(グリーンベルト市)なんてのは、日本でもやるべきことであるし、一部は制度になっているのに無視されている部分もあるかもしれないけれど、このような点で適切に検討されたところがないという指摘はされなければならないし、事業を進める側や、本来は規制する立場もあって当然のはずの国や、そして裁判所も、そういう指摘をきちんと取り上げなくてはならないはずなのに、リニアについては、そういうことが行われてこなかった。開業の遅れる一番の原因はそこにあると思います。このままだと、象徴的にいうと、駅はできたが電車は来ないことになるのは明らか。

※ アメリカのリニア計画のようすについては、『世界』の2022年7月号に、ジャーナリストの樫田秀樹さんが「リニア新幹線は可能か 集中連載 第1回 黄信号の米国リニア計画」(p152-p159)を書いています。