更新:2024/03/27

リニア工事申請「その3」は取り消すべき

 リニア計画の最後の工事申請「その3」(2023年12月24日)について国交大臣が12月28日に認可をしました。審査請求書(以前の「異議申し立て」)を提出しましたので、認可取り消しを求める「理由」の部分を紹介します。(当たり前ですが、提出した文書は紙です。このページでは、URLをクリックでたどれるように変更してあります。)


4 審査請求の理由

 国交大臣は、弁明書において、まずは、当方に審査請求を申し出る資格がないという説明をされると思います。リニアの建設事業の状況と私の関連を説明します。私の家の南約200mのところでリニア新幹線のガイドウェイ製作・保管ヤードが昨年8月より操業しています。このヤードの建設にあたっては用地の造成に大鹿村内で発生したリニア新幹線の南アルプストンネルのトンネル残土が使用され、我が家の東側の道路をダンプカーが通行しました。ダンプカーの通行のためのこの道路の拡幅改良工事では削岩機の騒音に悩まされ、また用地造成時にはブルドーザーの絶え間なく続くキャタピラのきしむ音に悩まされました。隣組のある家では、粉じんのために、洗濯物が外に干せない状況でした。現在、ヤードで働く方たちの中には、最寄りのJR駅から私の家の西側の道路を毎朝通っています。身近なところでリニアの建設事業が行われていることは明らかです。しかし、リニアが開通したとしても、日常的にも、遠方に行くにも、私がリニアを利用する可能性はないでしょう。なぜなら、中央アルプス、南アルプス、八ヶ岳、富士山などの山岳展望を楽しめる高速バスの方が運賃が安いからです。私の周囲にはそういう人が多数です。また、県内の世論調査でも約7割がリニアに期待していないと答えています。

 このガイドウェイ製作・保管ヤードについて言えば、ヤードに隣接したカヌー発着場やマレットゴルフ場を含む天竜川の一帯を「天竜川親水施設」として、環境影響評価書において「人と自然との触れ合いの活動の場」という項目で影響評価を行っていました。評価の要点は工事車両は約500m離れた国道153号線を走るし、付近で工事はしないので影響はないというものでした。ところが工事ヤードの造成時のダンプカーも、ガイドウェイ製作時には生コン車や部品の搬入車両が、また完成したパネルを現場に運ぶトレーラーも、「天竜川親水施設」の利用者が通行する道路を通行したし、今後も通行することになり、利用者に迷惑をかけることは明らかです。

 ヤードの工事説明会で、評価書との整合性を問うたところ、JR東海は、ヤードは将来は高森町が産業団地として使用するので環境影響を評価するなら高森町のやることであり、JR東海はヤードの候補地を探していたところ「たまたま産業団地に空き地があったので借りる」という立場であると説明しました。ヤードの造成にリニアのトンネル残土が約15万㎥使われたことは明らかで、なおかつ、リニアのトンネル残土を使って、JR東海が造成した土地を使うのに、産業団地でたまたま空いていた土地を借りるという説明が通るとすれば、我々はいかにもバカにされたというほかはありません。JR東海の説明は言葉は丁寧だけれどいっている内容は乱暴なものが多く、これでは、「その1」の認可に際して時の太田国交大臣がJR東海に指示をした、丁寧な説明というにはほど遠いと言わざるを得ません。

 さて審査請求の理由について述べますと、建設主体、営業主体の指名について国土交通大臣が諮問した交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会において、審議委員に対して行われた、国交省側の説明内容に不適切なものがあり、委員が判断を誤った可能性があるからです。

 まず 2010年3月3日の第1回目の会合で、全日本交通運輸産業労働組合協議会、交運労協の議長の渡辺委員が、議事録によれば、次のような質問をしています。「私、組合の出張の関係で上海のリニアモーターカー、実際に中国の鉄道の関係でご招待で乗せていただいたことあるんですが、あのシステムと今回考えているシステムというのが、技術的に一言で言ってどういうふうに違うのかっていうのは、わかりやすく、もし教えていただければありがたいなというふうに思っております。」

 国交省の潮崎技術開発室長が次のように答えています。

 「一番違うのは、浮上するときの高さです。リニアは約10センチぐらい浮いておりますけれども、トランスラピッドの場合は約1センチぐらいです、浮上高さは。したがって、揺れなんかを考慮いたしますと、高速走行するには私どもとしては、この超電導磁気浮上方式のほうが適していると考えております。」

 超電導リニアとトランスラピッドなどの常電導方式は、そもそも浮上させる仕組みが異なります。潮崎技術開発室長は非常に簡単に説明しているのですが、なぜ超電導リニアが10センチ浮上なのかといえば、JR東海は磁気バネによって車体を支えていると説明していますが、車体に加わる外力(重量や遠心力)とつりあう位置までズレるから10センチのゆとりが必要であるというのが本当のところです。なお、鉄道総合技術研究所が2006年12月出版した『ここまで来た!超電導リニアモーターカー』の119ページによれば、横方向(水平方向)のズレについては、半径8000mのカーブにおいて、時速400キロではセンターを通過するが、時速500キロでは外側に約1㎝、時速130キロでは内側に約1.5㎝ずれるとしています。また、ずれの限度は最大で4㎝としています。ガイドウェイの製作保管ヤードの建設に関して行われた住民説明会で、JR東海に、左右方向、つまりガイドウェイと超電導磁石の間の隙間について何センチなのか質問しました。その場ではわからないので持ち帰って後日回答するとのことでしたが、技術部門から機密事項であるから回答できないとの返答がありました。しかし、最近になってメディアの中には約8㎝であるとJR東海が説明していると書いた記事がありました。山梨県立リニア見学センターとリニア鉄道館に展示されている実験車両の実物とガイドウェイの実物大模型の隙間ははやり7~8㎝程度です。超電導リニアの台車には緊急時にガイドウェイと接触するストッパー輪というものが約3.5㎝つねに飛び出した状態です。だから、ガイドウェイと台車の隙間は見かけ上約8㎝、実際には4~5㎝ほどしかないわけです。こういう実態があるのに「約10センチぐらい浮いております」だけで「超電導磁気浮上方式のほうが適している」という説明は適切とは言えません。地震の揺れは直下型ならタテ揺れだけかも知れませんが、われわれが日常感じる地震はヨコ方向にも揺れるものです。地震による横方向の加速度について何ガルまで耐えることができるといった説明もありません。

 トランスラピッドの1㎝は、制御して最大1~2mm程度の範囲内で、隙間をほぼ一定に保っているという説明は後に塩崎技術開発室長は説明していますが、単純に10センチと1センチを対比させることは、リニアに関して世間一般に行われてきたことでもあるのですが、不適切です。

 さて、塩崎技術開発室長は「超電導方式は非常に大きな浮上力を得るために絶対零度近くまで液体ヘリウムで冷やして、非常に大きな超電導によって電磁力を得るという仕組みを使っておるのに比べて、トランスラピッドは、通常の常温でのいわゆる電磁石でもって浮上させているということの違いでございまして」と説明しています。

 1980年代に、ロサンゼルスとラスベガスの間に高速鉄道の構想があり、トランスラピッドと国鉄の超電導方式が候補にあがり、トランスラピッドが選ばれたことがありました。選択の理由は、超電導磁石はまだ未知数の技術であるのに対して、トランスラピッド方式が採用している、電磁石をエレクトロニクスで制御する方式でカギとなるエレクトロニクスは実証された技術と判断されたからでした(注)。塩崎技術開発室長の説明には、浮上方式でカギとなる「超伝導技術」は簡単な説明がなされていますが、常電導方式においてカギとなるエレクトロニクスが現在では非常に広い分野で採用され実証されているものであるという説明と、それと対比して超電導技術が実証された技術なのかどうかについて説明がありません。

(注)ジェラルド・K・オニール著、牧野昇訳『六つの超大技術市場―テクノロジー・エッジ』(新潮社、1985年、原著は1983年刊、p165~166)

 4月15日の2回目の会合で塩崎技術開発室長は「上海で実用化されております常電導方式のトランスラピッドというものとの違いでございますが、原理的には当然、超電導磁石を超電導リニアは利用して、非常に強力な磁力を発生させるということで、常に10センチぐらいの浮上をする。こちらはそのような仕組みを使っておりませんので、常温での電磁石ですので、浮上高さはせいぜい1センチぐらいということでございます。まず、この差が一番大きいと」いう説明はしていますが、超電導リニアが磁気バネと外力の自然のつり合いで支持しているのに対して、トランスラピッドがエレクトロニクスで電磁石を制御して磁力を効率良く利用しているという説明が抜けており適正とは言えません。

 岩波書店発行の『科学』2013年11月号の「エネルギー問題としてのリニア新幹線」という論稿で阿部修治氏は「工学的に最適な方式を選定したドイツの『トランスラピッド』と日本の『HSST』は1990年代までにほぼ実運用可能な水準に達したが、日本の旧国鉄からJRが引き継いで開発してきた独自方式の『JRリニア』は、そのシステムの複雑さゆえに開発は困難を極め、半世紀という長い時間と多額の研究開発資金を投じて、ようやく実用化の手前の水準にたどり着いたところである」と評価しています。。

 2回目の会合で塩崎技術開発室長は「トランスラピッドも、現在のところ営業最高速度430キロで走っているようですが、500キロというスピードは実現できておりません。」と説明しています。上海で採用されたのはトランスラピッドのTR-08型と同等の性能をもつ車体でした。もともと時速500キロで運行することのできる車体ですが、時間帯によって時速430キロまたは時速300キロで運行しているのは、上海の路線の線形によると推定できます。浦東空港のそばに半径約2.3㎞、路線中央より上海市郊外よりに半径約4.5㎞、終着の龍陽路駅直前に半径約1.3㎞の、それぞれがほぼ90度方向を変えるカーブがあって、乗客を乗せた状態では時速500キロ運転はできないと判断したからでしょう。2003年11月の試運転期間中、すれ違い試験で一方の列車が時速501キロのスピードで走っていました(トランスラピッド・インターナショナルのホームページ。注)。塩崎技術開発室長の説明は、第1回会合でテレビ大阪株式会社特別顧問の富澤委員による「上海のリニアはトランスラピッドというドイツ方式であり、名古屋のリニモにも乗ってみましたが、乗った限りではほとんど在来の鉄道と変わらないような感じを受けました。例えば中央新幹線にこの方式を使った場合、何か大きな支障があるのかどうか、その辺のところもちょっと疑問に思っております。 」という質問に対する回答です。品川と名古屋の間を南アルプスをトンネルで貫いて走らせるルートと同じ線形でトランスラピッドを走らせた場合に時速500キロで走れないなら、「大きな支障がある」というべきです。しかし、リニア中央新幹線は高速走行をする本線上の最も急なカーブは半径8000mですから、トランスラピッドが品川-名古屋間のルートで500キロで走ることは可能であって、「500キロというスピードは実現できておりません」という説明は、2010年の時点において事実に反することを述べており適正とはいえません。品川駅を出てすぐに半径900mのカーブができるはずですが、そもそもスピードと関係なく常に浮上しているトランスラピッドですが、トランスラピッドが浮上したまま通過できるカーブの最小のものは半径400mなので、上海のルートを超電導リニアは走れないけれど、中央新幹線のルートをトランスラピッドは問題なく走れるわけです。カーブがきちんと曲がれることは柔軟性のある路線計画のための技術的な必須条件であるのです。

(注)https://web.archive.org/web/20050204150415fw_
/http://www.transrapid.de:80/en/index.html

 潮崎技術開発室長は第1回会合で、「超電導式も昭和37年から基礎研究に着手しておりまして、長い間かけてここまできたシステムでございまして」と説明しています。前述の『ここまで来た!超電導リニアモーターカー』の115~157ページに「超電導磁石を用いた磁気による浮上・案内の方式は、1966年にアメリカのブルックヘブン国立研究所のJ・R・パウエルとG・R・ダンビーの二人が米国機械学会に発表し(リニアシンクロナスモーターによる推進の組み合わせは1969年に発表)、その後、各種模型による実験がなされたが大きな進展はなかった。当時の国鉄は、このパウエルとダンビーの方式に着目し、超電導リニアの開発を進めることとした」と説明しており、また巻頭の年表ページでは、「1970年(昭和45年) 超電導磁石磁石による誘導反発方式の本格的検討開始」と書いています。塩崎氏の説明は、国民の間に超電導リニアは1962年から日本が独自に開発してきた方式という誤解を生じかねないものといえます。

 最近、JR東海は超電導方式は「日本独自」の技術と説明しています。確かに、現在は、ごく最近はじめた「中国中社」以外では、日本だけが開発をしている技術です。しかし、1970年ころアメリカでは、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学、フォード自動車が研究をしたものの開発は行わなかったことが、また、ドイツのシーメンス、テレフンケン、スイスのブラウン・ボベリが共同で研究開発を始めたものの途中で開発を止め、シーメンスは常電導の開発グループと合流しトランスラピッドを完成させたことが知られています。「日本独自」の裏側にあるのがこれらの事実です。

 2010年8月30日の第7回会合で、井口東京大学名誉教授は、1998年6月3日にドイツのニューザクセン州エシェデで起きたICEの脱線事故の例を示して「鉄道の一番の弱みは脱線です。車輪が破損する可能性というのは、高速になればなるほど大きくなります。ドイツでは、高速列車が車輪の破損のために大事故を起こしました。」と説明しました。この事故については、原因は車輪の破損ですが、この車輪は、鉄道で広く用いられている一体成型の鉄の車輪とは異なる構造を持った特殊な車輪でした。乗り心地の改善のために、車輪の外周(自動車でタイヤに当たる部分)と内側(同じくホイール)との間に衝撃を吸収するために硬質ゴムを挟んだ構造でした。したがって外周部分が走行時に変形で金属疲労がすすみ亀裂が生じたことが車輪の破損の原因です。高速鉄道はもちろん一部の路面電車をのぞく鉄道一般ではほとんど使用されなかった構造の車輪でした(注)。

(注)『失敗知識データベース』「高速列車ICEの脱線転覆」(https://www.shippai.org/fkd/cf/CA0000637.html)

 そのようなごく特殊な例を引き合いに、鉄輪式より浮上式が優れているがごときの説明をされたのは、極めて疑問と感ぜざるを得ないものです。宮崎実験線で勤務された経験のある北山敏和氏は「冷却機器の電気冷蔵庫は各家庭でほぼ故障もなく使用されています。これは5~10度程度の温度に下げるものなので、機構も簡単で大量に造られているので製品も安定しています。それでも故障は皆無とはいえず、また停電があれば止まります」とし、より高度の冷却能力をもつ冷凍機が必要な超電導磁石について、「リニアの超伝導磁石は鉄道の鉄車輪に相当しますが、鉄車輪が壊れて脱線したということは今まで全くありません。…取り扱いが大変で精密機器のような超伝導磁石を、安全を優先しなければならない交通機関に何故使用しなければならないのか …人命にかかわるリニアの支持(レールへの輪重)、案内(車輪のフランジと踏面のテーパ)、推進(車輪レール間の粘着力)の心臓部を担う基礎部材などに超伝導磁石を使うべきものではなくこれはもっと高級な精密機械に使用されるべきもの」と指摘しています(注)。

(注)http://ktymtskz.my.coocan.jp/linia/hitati.htm

 また井口名誉教授は、中越地震における上越新幹線の脱線事故も取り上げています。この事故はロッキング脱線で、横揺れで列車が傾いて、揺り戻した時点で浮き上がった側の車輪がレールの外側に落ちて脱線したものでした。リニアを建設しているJR東海自身は東海道新幹線において、軌道内側にガードレールを設置する対策をしています。先ごろの、東北新幹線の脱線事故では、車体側で脱線防止をしていたJR東日本とJR東海の対策の差が明らかになったといえます。さて、新幹線の脱線事故をなくすために、すべての路線を超電導浮上方式にすることは可能でしょうか。すべて超電導浮上方式に変更する見通しがない限り、井口教授の説明を適切なものとするのであれば、新幹線は非常に危険なものであるといっているようなものでしょう。

 ガイドウェイの中を走行するから脱線しないとされますが、地震の横方向の揺れの加速度に対してガイドウェイがどの程度まで耐えうるのかという説明をJR東海はしていません。車体がガイドウェイに接触して、自立式ガイドウェイが固定用のボルトが破損するなどして、根元から折れることがあれば、従来方式の鉄道の脱線事故と大差ないのです。このような場合には復旧は鉄道にくらべ大変な困難があるはずです。

 新幹線でもリニアでも地震の最初の揺れを検知してブレーキを作動させるという対策が行われます。検知してから停止するまでの時間と距離を減少させる一番の方法は走行スピードを落とすことです。地震の多い日本で、また国土が狭い日本で、時速250キロをはるかに超える300キロだの500キロというスピードがそもそも必要なのか考えるべきです。時速250キロ程度の速度であればそもそも浮上式鉄道は超電導であれ、常電導であれ出る幕がありません。

 2023年3月に超電導磁気浮上式鉄道技術評価委員会は、高温超電導磁石について検討期間を2026年3月まで延長すると発表しました。鉄道の車輪の役割は「支持」、「案内」、「推進」です。このような重要な役割をする部分は信頼性が必要です。超電導磁石に鉄の車輪と同様の信頼性があるかどうか。超電導磁石の材質についていまだに検討中というのはどういうことなのか。現在、採用されているニオブチタン合金の超電導磁石は、もちろん鉄輪に比べようもないものでしょうが、そこそこの「信頼性」があるとJR東海は考えているのだろうと思います。さて、いつのことかはわかりませんが、今後、コスト減のために、ニオブチタン合金の超電導磁石を高温超電導磁石に変更したとき、乗り心地のために弾性車輪を採用したドイツICEの失敗と同様の失敗を犯すのではないか。なおこの超電導磁気浮上式鉄道技術評価委員会は議事録が公表されていないばかりか数回については開催時期さえ公表されていないという秘密主義でJR東海と鉄道総合技術研究所の開発の閉鎖性を反映しているように見えます。

 さて、国鉄の技術者の中にも、超電導リニアについて批判的な見方がありました。たとえば、前出の北山氏は、開発の中心にいた人物の意にそぐわない技術者を他の部署にとばすなど、お気に入りの職員ばかりを集め「国鉄の中にリニア村ができた」と、原発事故を経験した日本国民にとっては非常に分かりやすい言葉で説明されています。また、JR九州の初代社長を務めた石井幸孝氏は『国鉄 ー「日本最大の企業」の栄光と崩壊』(中公新書、2022年8月)のなかで、思い付きの発想で始まったものは技術開発に失敗しているとし、その例として、フリーゲージ・トレインとリニアを上げています。前述のとおり、元祖アメリカでは研究はしたが開発はしなかった。ドイツもしかり。つまり、日本でも、技術者の中に超電導方式の採用については批判的な意見があったということで、あるいは、開発の初期段階で開発が終わってしまった可能性はあったといえるのです。

 超電導方式の具体的な欠点として70年代後半までに指摘されたことが、現在の超電導リニアで解決ができているのかという点はどうか。大塚邦夫著『西独トランスラピッドMaglev―世界のリニアモーターカー』(公共投資ジャーナル社、1989年)の37ページは1977年にシーメンス社などが常電導方式を採用した理由について次のように書いています。

(引用はじめ)

最近の超電導技術は進歩してきているが、以下のような欠点が解決されていない。

 当時の結論は1987年に再度見直され、1977年の選択は間違っていなかったことが確認された。

(引用ここまで)

 また、日本航空が常電導方式を選択した理由について、日本航空の技術者だった中村信二氏は「HSSTの開発について」(注)のなかで、超電導方式は、「強力な磁場が人体に及ぼす影響とか,高速における動安定など今後解明せねばならぬ多くの点があると思われる」と指摘しています。

(注)https://www.jstage.jst.go.jp/article/
jjsass1969/26/297/26_297_500/_pdf

 たとえば、超電導磁石の強力な磁界による人体への影響を減らす対策のため磁気シールドが必要な車体や、航空機のボ―ディングブリッジのような乗降装置など駅の構造が複雑になる点など、解決できていないことは明らか。車載の冷凍機の必要も、鉄道や常電導では考えなくとも良い問題です。航空機のボーディングブリッジのような乗降措置はコストやメンテナンスの点で不経済です。車体に施す磁気シールドは車体を重くします。また座席は超電導磁石の上を避けざるを得ず、車体の細さもあいまって乗車定員が新幹線より約3割少ない。列車のドアも各車両に1カ所で新幹線の半分で乗降に時間がかかる。

 また、低速走行時のブレーキ効果による電力の多量消費については、側壁浮上方式にすることで改善できたのですが、別の欠点が現れたのではないか。たとえばトランスラピッドは浮上したまま半径400mのカーブの走行が可能です。対して、超電導リニアは浮上走行では半径8000mがもっとも急なカーブです。通常の鉄道ではカーブでは軌道の幅をやや広く設定します。単純化していえば、鉄道のカーブは2つの半径の異なる同心円の間を矩形が通過するわけで、直線部分より間隔を広くしないと通過できないという幾何学的な問題があります。超電導リニアは車体の高さの半分までがガイドウエイの中にいわば浸かって走ります。台車も車体の矩形なので、おのずとカーブの半径は制約されることになる。さらに、重力の働く方向で支えるのではなく、重力の働く方向と交差する側面から支えることもカーブでのズレに対する保持力の維持に関連して余裕が少なくなる。また、クエンチが発生したとき、JR東海は、左右のバランスをとるため故障した超電導磁石の反対側の超電導磁石を切り、前後の台車に荷重を分担させると説明していますが、カーブの外側の超電導磁石の突然の故障には対処できない。ガイドウェイの構造は、12m58㎝の自立式ガイドウェイパネルに28個の浮上案内コイルを取り付けるもので、それを12.6mごとに設置するというものであり、カーブとはいっても、となりに並べる自立式ガイドウェイパネル同士の隙間で調整する、多角形で円を近似させる方式だから、急なカーブはつくれない。もちろん、速達性を至上とするために、時速500キロで最短距離を走るというコンセプトに関しては、ほぼ直線しか走れないことは、支障はないのですが、南アルプスを通過するという計画が静岡県の水資源や環境保全に対する非常に強い懸念によって、いまだに工事が始まらない状況に陥っている。

 また、超電導磁石を用いた誘導反発方式では、乗り心地の改善についての技術的解決策の見通しがない点、あるいは高速走行時の動安定性が不明であるという指摘もありました。誘導反発方式では、軌道に規則正しく並べられた浮上案内コイルと車体側の超電導磁石の間に生じる磁力で浮上します。これは、いわば、規則正しい凸凹道の上を超電導磁石が走ることになります。時速500キロ走行時には、軌道から1秒間に309回の衝撃を受けるはずです。車体の各部の共振する部分は振動します。走行速度により生じる振動数はいろいろですから、この対策は非常に困難なはずで、最近の報道関係への体験乗車の映像でも車内で細かい振動が残っていることはわかります。小牧実験施設の加振試験台の公開映像でも台車が309ヘルツより少ない振動数で小刻みに振動しているのが確認できました。また車体は明らかにヨーイングしており、これは、JR東海がいうところの「磁気ばね」と車体に働く遠心力や荷重との自然のつり合いで支持していることに起因するといえます。従来の鉄道の、車輪の踏面の傾斜とレールの関係で左右に振動しながらレールに沿って走るという仕組みと共通するものです。高速走行時の動安定性に不明な点があるという指摘はこのことを示していると推測できます。

 環境大臣が2014年の環境影響評価書への意見のなかで「環境保全を内部化しない技術に未来はない」と指摘しました。つまり、乗り物であるなら地形や地域社会の状況に応じて路線の設定に柔軟性がなければ、簡単にいえば乗り物ならカーブが自由に曲がれないと役に立たないという点で、南アルプスを貫くしかない超電導リニア方式は、大井川の水の減少問題や南アルプスの高山の生態系への影響という環境問題と対峙しなくてはならず、環境影響を懸念する静岡県が工事を許さない状況が続いていることは、まさに「環境保全を内部化しない技術に未来はない」ことをしめしているもので、この環境大臣の意見を読んだうえでなされた国交大臣の認可が適切を欠くことが時間の経過によって示されたというべきです。

 従来の鉄道技術との比較で不利な点と指摘されることは、分岐装置の構造が複雑で高価であり、また動作が遅いので、複数の列車を運用するのに適していない(注)ことです。このようなシステムでいきなり幹線を建設する計画を認可したことは迂闊であったと言わざるを得ません。

(注)マレー・ヒューズ著『レール300 世界の高速列車大競争』(山海堂、1991年6月)の100ページ

 なお、磁気浮上式鉄道には、鉄輪とレールの鉄道に比べて、小学生でも予想できるだろうと予想できる、無駄があります。現在のスーパーマーケットは、ほとんどの店舗が、ショッピングバスケットとショッピングカートを用意しています。多量の買い物をするときにバスケットを手に提げて買い物をするよりは、車輪のついたショッピングカートを利用する方が楽だからです。高齢者の中には体をカートに持たせかけて自分の体重の一部までカートに負担させ楽だと思っている人もいます。鉄道と磁気浮上式鉄道の違いも同じことがいえるはずで、実際には鉄道関係者のなかには古くから車体を持ち上げて走らせるのはエネルギーの無駄という指摘がありました(注)。江戸時代は2名以上の人が担ぐ籠が使われましたが、明治になると人力車は1名で引くようになったのも車輪の効用です。さて、中央新幹線小委員会の議論のなかでこのような問題は取り上げられたのでしょうか。

(注)Ralf Roman Rossberg 著、須田忠治訳『磁気浮上式鉄道の時代が来る?』(1990年、電気車研究会)の25ページ 「…ドイツ連邦鉄道の機関紙は車輪-レール方式の擁立者の立場をとりつづけた。『…この施設はお遊びとしては面白いだろうが、しかしながら理論に基づいた学問的な電子力学の応用事例に過ぎず、それ以上の意味は持たないだろう。その主たる誤りは現実面に存在する。つまり、車両を線路から持ち上げるために必要とする力はかなり大きく、少なくとも線路上にある車両を駆動する際の摩擦抵抗に打ち勝つために必要な力より大きい。その上に更に力(推進力=引用者)を必要とするので、当然のことながらコストはより高いものとなる。』」

 南アルプスをトンネルで貫くこの計画は当初から各方面から、造山運動が行われている南アルプスは地質が複雑で土被りが大きな条件の工事であり、工事の困難が指摘されていたところです。

 南アルプストンネルは現在、除山非常口から掘り進めている工事は先進坑を2023年12月下旬の時点で静岡工区まで約3900mを残す状況で、JR東海は2026年11月までにトンネル掘削を完了するつもりであると説明していました。2024年3月21日の大鹿村リニア連絡協議会において、JR東海は2026年11月までに工事を終わらせることができないと説明し、いつまでかかるのかという点については現状では説明できる状況でないとしました。2023年12月下旬のころは、JR東海の示していた掘削の進ちょく状況からして除山非常口先の先進坑は月進55m程度のペースで掘削していたはずです。さて、この時点で残り3900mを月に55mのペースで掘ったとして約71カ月、つまり約6年を必要とするわけです。ところがJR東海は2026年11月まで、つまり3年で掘りたいと説明していたのです。そのためには、月進110mというハイペースをコンスタントに維持する必要があります。今後、土被りが増加するなかでこのようなハイペースは維持できないだろうと思っていたら、3月21日の連絡協議会では、JR東海はついに2026年11月に工事を終えることはできないといいだしました。小渋川非常口と釜沢非常口の間の本坑は現在はやわらかい蛇紋岩地帯を掘っていると、また伊那山地トンネル青木川工区は大鹿村内の中央構造線部分を掘っていると説明し、予想していたより地質が悪いと、工事が遅れている理由について説明しています。釜沢非常口から静岡方面への掘削は本坑を掘削していたのですが、小河内沢の流れの直下を掘る手前で先進坑の掘削に戻っており、一方ではトンネル内への出水を警戒しているかのように見えるし、今後は小日影銅山の鉱脈の付近を掘ることになり、要対策土について今後どれほどの量が出てくるかわからないとしている状況で、繰り返せば、外部からは予想され困難を指摘されたことが現実になっているに他ならないといわざるを得ません。環境影響評価書の資料編の工事工程によれば全長6810mの除山非常口からの掘削を10~11年で完了することになっていました。これはNATM工法では平均的な掘削ペースの月進50~60mで進めた場合の年数であって、南アルプスのような悪い条件の地山でこのペースが維持できると最初から考えていたとは思えない。

 また、南アルプストンネルと伊那山地トンネルは、小渋川の鳶ヶ巣峡と呼ばれる険しい渓谷に橋りょうをかけてつなぐ計画ですが、現状では現場に行く道路がなく、JR東海は事業説明会において、掘削したトンネルを足がかりに工事をすることを検討していると説明していました。評価書資料編の工事工程によれば工期は7年。この橋りょうについて、JR東海は設計をしている段階で発注もしていないとしています。南アルプストンネル側はのこり200m程度で小渋川に届くはずですが、伊那山地トンネル側は現在は中央構造線部分を掘っている段階で約3㎞を残す段階。JR東海はこの工事は2026年9月までに完了させたいとしていましたが、3月21日には、これも達成できないと説明しています。とすれば、小渋川の橋梁の工事が始まるのはいったいいつになるのか。たとえ2026年9月から橋りょう工事を始めたにしても2033年か2034年にならないと橋はかからないことになってしまいます。

 2010年6月4日開催の中央新幹線小委員会の第4回会合では、当時の長野県の村井知事がヒアリングに出席し、次のように述べています。

 「南アルプスの長大山岳トンネルの実現可能性という点でございます。4月15日開催の第2回の小委員会におきまして、技術面からの検討がなされたと承知しておりますが、県内からは技術的な面のみならず、経営面での事業遂行能力、さらに自然環境への影響につきましてもさまざまな意見が出された経過がございます。私が経験した1つの事例を申し上げれば、長野県と岐阜県との県境にございます中部縦貫自動車道の安房トンネルという例がございます。掘削が始められましてから熱水の流出などに悩まされまして、さらに水蒸気爆発によりましてルートの一部変更さえ余儀なくされるような経過がございました。大変な難工事で、事業費も当初の見込みを大きく上回ったという経過がございます。トンネルは掘ってみなければ分らないということは十分承知しておりますけれども、ルート決定に当たりましては、技術面のみならず経営面からも事業を問題なくやり遂げられることにつきまして、関係者が十分に理解できるようにお示しいただくことが必要だと存じます。」

 2014年の工事認可から既に約10年、南アルプストンネルは掘削開始が2017年7月でしたから、既に7年を経過、本来の開業時期2027年に残り3年となった現在の南アルプストンネルの工事の進ちょく状況をみると、JR東海は中間で掲げた2026年11月の掘削完了の目標をも取り下げた状況であり、村井知事の指摘があたったというしかないでしょう。

 飯田市内の風越山トンネルは、当初のNATM工法からシールド工法に変更。シールドトンネルの工事期間について、運輸機構は発注予想では80カ月としていたものが、契約後は65カ月に短縮されています。紙の上で短縮変更した工期65カ月は5年5カ月。トンネルの掘削開始は2025年以降との説明なのでこのトンネルの完成も2030年を軽く超してしまうはず。これらの変更や、南アルプストンネルの工事ペースなどからみると、そもそも2027年の開業という目標は本当に確信があって設定されたものなのか疑問です。のちになって、なし崩しに工期を延ばすという考えがあったのでなかったのかと疑わざるを得ません。その点で「その3」の認可で、「2027年以降」というフリーハンドをJR東海に与えてしまったことは、リニア計画が他の大型公共事業と同じ立場を与えられたのと同等であると言わざるを得ず、環境影響評価準備書の公表時のJR東海の山田佳臣社長はリニアだけではペイしないと発言していましたが、本来は民間企業が担える事業ではいはず。いずれ国が税金を投入し続けることを懸念するものです。

 なお、風越山トンネルは飯田市上郷黒田地区の地下を通過します。トンネル上部には住宅街や農地があって、JR東海は「トンネル山岳部」と呼んでいますが、地上は決して山林ではありません。民法によれば土地の所有権は地下に及ぶとされるので、トンネルを掘るには地上の土地所有権者に事前に許可を求める必要があるはずです。起工承諾なしに掘削をすることは違法です。JR東海は、事業説明会の当時から、トンネル上部の土地所有者との交渉について、5mより浅い部分については土地を取得する、5~30mまでは区分地上権を設定し補償する、30m以下については地域ごとの工事説明会で説明するとしてきました。2023年の上郷地区対象の説明会においてさえ、30mより深い部分で地上の地権者との間で起工承諾の文書を作成するのかとの質問に対して、前述の説明と同じことを繰り返すのみでした。承諾書を作成するつもりであれば、作成しますと説明会場で説明してもなんの差しさわりもないはずであって、論点をずらしたような曖昧な回答をするのは、住民としては起工承諾を得ずに掘削をすると解釈するしかないでしょう。であれば、都市部で適用される大深度地下法はそもそも必要ないはずです。地方は権利意識が低いからそれでいいんだという考え方は地方の住民を愚弄するものと言わざるを得ません。このような説明は、国交大臣が申請「その1」の認可にあたって住民に丁寧な説明をして理解を求めるようにという指示にしたがっていないというほかはなく、着工8年にしていまだにこのような態度で地域住民に接していることは国交大臣の指示にしたがっていないのであって、この点でも「その3」についてJR東海にリニア建設工事の実施を認可したことは誤りだったといえます。

 現在、日本各地で赤字ローカル線の存廃が問題になっています。JR東海は、普通の鉄道より高コストのリニアを建設して赤字路線を増やそうとしているわけで、赤字路線を整理しようという動きと矛盾するか、新幹線の料金が高額すぎるといえるのではないか。鉄道政策の全体からみて、リニア建設は認可すべきでなかった。

 欧州では、既に高速鉄道のスピード競争は終わり、時速250キロ程度で十分という考えが広がっています(注)。250キロなら常電導であれ超電導であれ浮上式鉄道の存在意義はありません。気候変動対策の一つとして見直されているのは鉄道の省エネ特性です。

(注)『日本経済新聞』2018年9月22日 「鉄道車両も環境シフト 独シーメンスや仏アルストム 蓄電池駆動や水素燃料」によれば、2018年のイノトランスの開会式の挨拶で、仏アルストム社CEOは「もはや最高速度などは誰も口にしない。どれほどクリーンな電車を出せるかが重要だ」と語った。

 私の住む、長野県南部の飯田下伊那では、リニア建設で地域社会が大きく破壊されました。見込みのない技術システムのためにこれ以上地域社会の破壊が進むことは到底看過することはできません。認可を取り消すべきです。当地方において相当の被害が出てしまったことは明らかです。とは言っても、その犠牲を生かすために事業を続けなければという説明で事業を継続させることは止めていただきたい。太平洋戦争では、ポツダム宣言が出た時点で日本の戦争遂行能力はほぼなくなっていました。戦死者への債務として戦争を継続するというのは軍人の気持ちにほかならず、国民一般のものではなく、軍部と政府が判断を先送りして、2度の原爆投下、ソ連の満州侵攻をみてようやく無条件降伏を受諾するという結末になったのと、同じ結末を迎えることを危惧するものです。そもそも、日米開戦は、工業生産力や技術力や資源の点で米国との戦争には勝てないという陸軍省と陸軍参謀本部の合同の調査結果があったのに、開戦して、結局敗戦を迎えました。リニア中央新幹線についてもかなり以前からプロジェクトとして上手くいかないとの指摘がありました。静岡県の問題、沿線の全体の各地で遅れている工事などみると、以前から上手くいかないと指摘されていたことが、その通りになったとしか言いようのない状況です。交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会の最後に募集されたパブリックコメントでは約7割が計画の反対や中止を求めるものでした。しかし審議会では取り上げられなかった。これは非常に不当なものでした。批判に耳を傾けようとしなかったことが、現在の混乱の原因です。

 計画の持ち上がった当初から多くの批判的な意見があったのに、問題点について議論を尽くすことなく経過した過程に大きな問題がありました。その結果、批判の指摘が現実的な困難として明らかになりつつあるのが今日の状況です。即刻、認可を取り消すべきです。以上。また、「その1」、「その2」についても認可を取り消すべきです。


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