更新:2025/10/31

以下は、ある集まりで最近のリニア計画のようすについて話すように依頼を受けて、報告したものです。


リニア中央新幹線について

2025年10月19日

要対策土の活用・処分について

○ 要対策土:ヒ素、ふっ素、ほう素など重金属類を基準値(溶出量)以上に含む岩石・土壌や、水に触れると酸性水を発生させる岩石・土壌

長野県内の発生状況2025年9月現在

①南アルプストンネル長野工区 約1.7万㎥ 下記

②伊那山地トンネル坂島工区 約3千㎥ 坂島仮置き場で保管

③中央アルプストンネル松川工区 約3千㎥ 県外の処分場で適切に処理済み

④中央アルプストンネル広瀬斜坑 約700㎥ 県外の処分場で適切に処理済み

             合計 2万3千700㎥


①大鹿の1.7万㎥は
ア.小渋川非常口そばの仮置き場に、4000㎥
イ.土曽川橋りょう工事に1000㎥活用
ウ.トンネル坑内に1.2万㎥

③、④について、JR東海は、住民説明会では説明をしない。

要対策土の活用・処分計画

○ 大鹿村内・JR変電所造成工事擁壁内 1万㎥ (小渋川非常口となり。現在残土仮置場。)

(ただし、盛り土本体に検討していた4万㎥について、建物の基礎・杭などの設置で要対策土に施した不溶化処理の効果への影響の可能性から活用を断念)

○ 飯田市内・土曽川橋りょう 5000㎥ (ケーソン基礎×3基、1000㎥使用済み)

○ 豊丘村内・本山(ほんやま)残土置場 1.5万㎥(受入れ可能量)

・大鹿村・鳶ヶ巣沢環境整備事業 蛇紋岩 (約3万㎥)

他のトンネル工事でも、重金属類の存在は大きな「課題」。和歌山の国道168号2号トンネルは掘削中断。JR東海が瑞浪市大湫の水位低下・地盤沈下対策のヒントとした北薩トンネル(ヒ素を含む大量湧水)。国道158号線奈川渡改良工事(大白川トンネルの全残土を要対策土扱いに)、青崩峠トンネルなど。

(参考)『日経(ネット版)』2014年6月3日

"リニア新幹線「土砂処理が焦点」 影響審査で環境相"

 石原伸晃環境相は3日の閣議後の記者会見で、東海旅客鉄道(JR東海)が2027年に品川―名古屋間での開業を目指すリニア中央新幹線の環境影響審査について「掘削によって発生する土砂は莫大で、最終処分や仮置き場も決まっていない。ここがポイントだ」と述べた。環境省は同社が4月23日に国に出した環境影響評価書を審査中で、今週中に環境相の意見を国土交通相に提出する。

 リニア中央新幹線の計画区間は、地下やトンネルが8割以上を占める。石原環境相は地下水脈についても触れ、「河川の水位に大きな影響がある」と指摘した。沿線自治体からは残土処理をはじめ、環境保全への配慮を求める意見が相次いでいる。

 環境相の意見を踏まえ、国土交通相の意見も提出される。JR東海は評価書に必要な修正を加えたうえで、工事実施計画を申請する予定。

土曽川橋りょう工事で要対策土を使用

 土曽川橋りょうは高架上にできる長野県駅の一部。国道153号線と土曽川をわたる部分。この部分の工事説明会の最初は2022年の9月。JR東海は橋脚の基礎部分の工事にニューマチックケーソン工法を採用すると説明。基礎下側の掘削で発生する土砂をケーソン内部に詰めると説明。

 2024年2月28日の説明会で、ケーソンの内部に大鹿村内で保管しているヒ素を含む要対策土を入れると、また、要対策土の投入は9月から始めると説明。新聞等も9月から投入が始まると報道。

 JR東海は9月13日にやっと環境保全計画の修正版を公表。長野県環境影響評価技術委員会が9月27日に開かれ保全計画について審議が行われた。委員会では要対策土の安全面について委員の疑問が噴出し継続審議になった。危険といわれる要対策土を人が住み、地下水位も高い地下に置くことは環境保全的に考え難い行為であり、そういう場所に置かざるをえない理由、経緯の納得の行く説明がなされなった点が批判される。住民は代々住み続けるが、構造物の安定性は数十年オーダーであるから、また将来にわたり責任を持った管理ができるのかという指摘も。

 11月14日に再度審議が行われたが、結局JR東海は委員が納得できる説明ができずに終わり、委員長は人が住んでいる所に要対策土を置くべきでないというのが委員の総意と述べる。(会議録は以下のURLにあります)

長野県環境影響評価技術委員会の会議録は以下に

・2024年度第6回 9月27日

https://www.pref.nagano.lg.jp/kankyo/kurashi/kankyo/ekyohyoka
/hyoka/tetsuzukichu/kaisai/jokyo/r6/06.html

・2024年度第7回 11月14日

https://www.pref.nagano.lg.jp/kankyo/kurashi/kankyo/ekyohyoka
/hyoka/tetsuzukichu/kaisai/jokyo/r6/07.html

 審議を受けて出された長野県知事助言は、まず「事業者が、実行可能な範囲内でできる限り環境への影響を回避・低減するという環境影響評価のベスト追求型の視点に立てば、土曽川橋りょう周辺は、住居が多く存在し、地下水位が高く水利用もあることを踏まえ、本来は当初計画通り現地発生土の使用が好ましいと考えられる。」と述べて、使用にあたっての留意点は、委員会で問題とされた、ここで使わざるを得なくなった経緯、土石流や断層変位によるリスクの想定しそのことを住民と共有すること、温室効果ガスの増大を認識すべきことなど、構造物の寿命や強度の限界を想起させるものとなっていた。

 しかし、県リニア整備推進局は、助言の送付を発表するプレスリリースで助言の概要説明の中に「橋脚基礎部は、構造的に十二分な対策がとられていることを県においてもチェックしています」という文を滑り込ませた。一部の新聞は、この文を助言の一部として報道した。

1月27日の長野県知事助言とプレスリリース資料は以下のURLに

http://www.nbbk.sakura.ne.jp/npp/2025-10/2025-1017.html

 助言を受け4月下旬に住民説明会が開かれた。JR東海は「『橋脚基礎部は、構造的に十二分な対策がとられていること』を長野県にもご確認いただきました」と説明している。ここに置かざるを得ない理由については、要対策土の発生量が予測できないので工事の進捗に合わせて活用方を検討せざるを得ないとしている。これまでに発生した要対策土について、大鹿村と豊丘村の分は説明したのに、同じ飯田市内で発生し、適正に処理をしたという松川工区の3000㎥については説明していない。ほかに土対法ガイドラインの汚染土壌の原位置封じ込め措置との比較においてケーソンの構造が要対策土の処理に適しているとの説明。委員に指摘された土嚢での運搬への変更、漏れた場合に透過性地下水浄化壁を設置するなどの説明があった。土石流や断層変位のリスクについては、リスクは低いという説明にとどまった。投入開始は6月上旬からとした。

 飯田市は前年秋ごろから投入前にJR東海と確認書を交わす予定としてきたが、6月6日の金曜日に確認書を取り交わし、住民が確認書の内容を知る前に、JR東海は9日の月曜日から投入を開始した。住民は現場の前で抗議行動を行った。

この間の「リニアから自然と生活環境を守る沿線住民の会」の動き

2024年

3月25日、飯田市に対する要望書の中で、JR東海の安全性を強調する説明方法に対して飯田市が抗議をすること、要対策土活用の中止をJR東海に求めることを求める。

4月下旬から、反対署名を開始

6月1日、桂川雅信さんを講師に要対策土についての学習会

7月10日、署名(署名用紙1522筆、ネット署名4914筆、全体で6436筆)を添え、JR東海と飯田市に要対策土の使用の中止を求める

7月26日、県環境影響評価技術委員会委員長に、要対策土活用に関して問題点などを記した書簡を送る

8月20日、長野県庁で県知事あての中止を求める文書をリニア整備推進局長に手渡す

8月27日、土曽川橋梁予定地でリニア整備推進局長と意見交換

11月6日、飯田市にリニアに対する姿勢を問う、またJR東海に要対策土の中止を求める

11月14日、環境影響評価技術委員会を長野県庁で傍聴

12月16日、長野県庁で行き県知事助言について県知事に要望書を提出

2025年

2月14日、長野県庁で助言の公表方法に関して環境部に抗議

3月10日、投入にあたり飯田市がJR東海と水質調査等に関して協定を結ぶことを求める

4月9日、JR東海に要対策土投入の中止を求める

5月15日、飯田市がリニア対策委員会を設置すること、また要対策土の投入に関する協定に関して質問と要望

6月9日、投入開始に際して抗議声明を出す

6月10日、JR東海に対して、前日の声明受け取り拒否について抗議

本山残土置場への要対策土処分の問題点

(1) 2019年の保全計画で要対策土は搬入しないと明記

(2) もとは水源涵養保安の指定があった場所

(3) 地下水を通じて生活用水を汚染する可能性

(4)「処分」なのに、「活用」というJR東海

 本山(ほんやま)の残土置場は、ジンガ洞という谷。通常のトンネル残土130万㎥を約8.5ヘクタールに埋め立て処分する計画で、現在、残土を搬入・埋め立て中。

 本山はもともとは入会山で、1973年から生産森林組となった。2017年3月残土の受入れを総代会で決定したが、県が決定を無効とした。残土の受入れ問題がきっかけとなって、2019年4月認可地縁団体に移行し、同時に残土の受け入れを決定。

 2019年8月発表の本山残土置場の保全計画書は、土壌汚染対策法に基づく土壌溶出基準を超える自然由来の重金属等を含む発生土(要対策土)は搬入しないと明記してた。

 2020年12月、林野庁が本山(ジンガ洞)の水源涵養保安林指定を解除。

 JR東海は、2024年1月30日村リニア対策委員会で、残土は村内で処理、交通の安全確保や居住環境に配慮して山間部で処理という方針から周辺に人家や耕地のない本山が要対策土の処理の最適地と説明。2025年5月、JR東海は本山での要対策土処分計画について住民説明会を開く。2014年に当時のJR東海の長野県担当部長は、「評価書が世間や住民に向けた宣言」(注)と述べたが、JR東海自身が前言を翻すことがあってはならぬはずだ。

注: 評価書が世間や住民に向けた宣言。『朝日新聞・長野県版』 2014年8月27日によれば「地元市町村と環境協定の締結を、という長野県独自の要請についても、同社の沢田尚夫・中央新幹線建設部担当部長は記者会見で『評価書が世間や住民に向けた宣言であり、それに加えて特段の協定を結ぶ考えはない』と明言した。

 2025年9月11日に本山地縁団体は臨時総会で要対策土の受け入れを決定。会員の中には反対の声があり、また、現在の役員の組織運営方法に対する批判もある。それでも、役員たちは、委任状を駆使して受入れ決定に持ち込んだ。受入れの決定は必須ではないが、所有者の承諾がある点が保全計画の審議などで有利と考えてのことか。

 なお、残土置場はJR東海が取得する計画だが、まだ売買契約はできていない。

 水源地に要対策土を処分することに危機感をもった村民有志は「豊丘村の水を守る会」を結成。要対策土処分反対の署名活動を8月中旬から開始。

 本山地縁団体は会員数が517(世帯数)。総会で受け入れ賛成が433、反対が29。地縁団体は伴野区、壬生沢区、福島区の住民が会員だが、ほぼこの3区の範囲で集めた反対署名が500筆を超えている。

 水は村民全体の問題。本山地縁団体の問題にとどめず、村の水の安全の問題として村は真剣に捉えるべき。

 「豊丘村の水を守る会」は10月7日に579筆の署名を添え村長に受入れ中止を要望した。署名範囲をさらに広げる予定。また、10月25日には学習会「地下水の水源地を考える」を開く。

 今後、保全計画修正版の公表、環境影響評価技術委員会の審議となるが、10月15日現在、保全計画書修正版は公表されていない。

 なお、1990年代以降、豊丘村では水道水の硝酸性窒素濃度の問題があった。長野県は2003年度末から2004年度にかけて豊丘村を対象に地下水保全対策モデル事業として地下水汚染の実態と原因究明のための総合調査をおこなった(注)。土曽川橋りょうの審議以上にJR東海は説明に工夫が必要になるはずだ。

注:「豊丘村では上水道水源のほぼすべてを地下水に依存しており,3戸に1戸という高い割合で個人所有の井戸がある.そして,今なお簡易な横井戸が多数利用されていることが特徴である.同村の地下水資源は,伊那山地西麓の竜東丘陵において,伊那累層(帯水層)とミソベタ部層(難透水層)が介在する特異な地質構造に支配されている.そこには過去200万年に及ぶ赤石山地の隆起とそれに付随する竜東丘陵の傾動という地域固有の自然史と,長い間の人の暮らしとの歴史的な連結がある.この貴重な地下水資源を次世代に残すためには,自然の仕組みと自然史を理解するとともに,資源としての壊れやすさへの十分な配慮が必要である.」(「下伊那郡豊丘村の地下水資源と自然史との関わり」,富樫均,伊那谷自然史論集14:31-39(2013))

アメリカのリニア計画について

2011年~2021年

○2011年、北東マグレブ社(ザ・ノースイースト・マグレブ社、ウエイン・ロジャー CEO)がJR東海の委託を受けロビー活動を開始。

○2013年2月22日、日米首脳会議(安倍首相、オバマ大統領)

○2013年9月25日、安倍首相がニューヨーク証券取引所で講演

○2013年11月15日、来日の北東マグレブ社幹部に安倍首相は1兆円の建設費の半分を国際協力銀行から融資すると述べる

○2014年4月12日、キャロライン・ケネディ駐日大使が安倍首相、葛西敬之 JR東海名誉会長とリニアに試乗

○2014年4月12日、『日経』などが「東海旅客鉄道(JR 東海)は米国への売り込みをめざしている超電導リニア新幹線で技術のライセンス料を求めない方針」と伝える

○ 2014年9月、北東マグレブ社は実際に路線を建設・運営する新会社にたいして、休眠状態の「ワシントン・ボルチモア・アンド・アナポリス電鉄」の営業権を取得できるようメリーランド州政府に申請(『日経』2015年4月25日)。

○ 2015年4月25日、北東マグレブ社の幹部が路線を建設・運営する「ボルチモア・ワシントン・ラピッド・レール(BWRR)」を設立したと、JR東海が発表(『中日』)。

○ 2015年11月17日、メリーランド州公益事業委員会は「BWRR」に、1935年に旅客輸送を止めていた「ワシントン・ボルチモア・アンド・アナポリス電鉄」が持っていた路線営業権付与を認める。

○ 2015年5月6日、メリーランド州知事(ラリー・ホーガン)がリニアに試乗。

○2015年11月8日、アンソニー・フォックス米国運輸長官がリニアに試乗。

○2015年11月9日、アンソニー・フォックス米国運輸長官は菅官房長官、石井国交大臣と会談し、リニア導入の「計画立案や設計分析、環境影響調査のために連邦補助金2780万ドル(約34億円)を承認した」と述べる。菅官房長官はあらゆる支援をしたいと述べる。日本は 2016年予算案にメリーランド州のマグレブ調査費用として8億円を計上。

○2016 年、「BWRR」がリニア計画をメリーランド州に申請。

○2016年11月、連邦鉄道局とメリーランド州運輸局がワシントン-ボルチモア間のリニア計画について環境影響評価を開始。

○ 2021年1月13日、連邦鉄道局とメリーランド州運輸局が環境影響評価書草稿を発表。

草稿発表のニュースを伝えた『日経』2021年2月16日付「JR東海支援の米リニア計画 バイデン政権、追い風に 鉄道好き/公共投資重視/脱炭素 30年ごろ開業に前進」は、「22年初めにも最終的な評価書をまとめる。鉄道好きで知られるバイデン米大統領の就任も追い風とみられ、必要な手続きや資金、地元の合意を得られれば、30 年ごろの開業が見えてくる。」と書く。

このあと日本で報道されなかったニュース

○ 2021年4月29日、「シエラクラブ」のメリーランド支部がワシントン・ボルチモア間のリニア計画に対する声明を公表。「環境影響報告書草案の『建設しないオプション』(No-Build option)を支持する予定」と。

○ 2021年5月6日、アムトラック(全米鉄道旅客公社)のウィリアム・フリン最高経営責任者が連邦議会下院の公聴会で、リニアはアムトラックの列車ほどエネルギー効率が良くないとして超電導リニアよりもアムトラックに投資することの優位性を訴える

○ 2021年5月7日、『ワシントンポスト』が「連邦委員会の委員たちはワシントン・ボルチモア間の高速磁気浮上鉄道について疑問を投げかけている」と報じる。リニアは多くの部分で連邦所有地を通過するが、利用者が少数である営利行為と指摘。

○ 2021年5月18日、プリンス・ジョージ郡政府が、「建設しない」代替案の選択を要望。

○ 2021年5月24日、環境影響評価書の草稿にたいするパブリックコメントの締め切り。

〇 2021年6月、2021年6月、「ストーンウォールキャピタル(不動産開発業)」が1300戸分のアパートやタウンハウスなどを建設するためにボルチモア市内、ウエスト・ポート近くのリニア駅候補地だった43エーカーの土地を買収。駅用地の取得に失敗

○ 2021年6月23・24 日、『ボルチモア・サン』や『キャピタル・ガゼット』、『ワシントンポスト』がボルチモア市が、超電導リニア計画について、建設の反対を勧告していると報道。また、『ワシントンポスト』は、グリーンベルト市は、「財政面の実行可能性の不確かさ、地域社会への利益がないことをあげ、富裕層には高速移動の利便性を、そうでない人たちにはマイナスの影響があると」とのべ、これ以上の調査で税金の無駄遣いをしないように求めており、カレッジパーク市とランドオーバーヒルズ市もグリーンベルト市の意見を支持していると伝える。

○ 2021年6月25日、『メリーランド・マターズ』は、元ワシントンDC議会議員のジャック・エヴァンス氏がボルチモア市の建設反対の決定は、「反対を克服するのに苦労してきたこの計画にとってさらなる打撃であることを認めた」と書く。

〇 2021年8月25日、連邦鉄道局が環境影響評価の手続きを停止すると発表

○ 2021年8月30日、巡回裁判所が、ボルチモア市内の駅候補地の取得の権利確認についての「WBRR」の訴えを却下。

そして

〇 2023年2月23日、ニューヨークで行われた超電導リニアのPRイベントで JR東海の柘植康英会長が講演。『読売』(23日)は米の計画について「計画は、環境影響評価といった当局の認可に時間がかかっている。数兆円かかるとみられる工事費の工面も課題だ。」と書く。

○ 2025年7月31日、連邦鉄道局がアセスの中止と補助金の打ち切りを発表し、事実上計画は中止に(『ロイター』8月4日、『中日』8月7日)。

ボルチモア市の意見の要点

公平性、環境的正義(environmental justice)、そして地域社会への影響に関連して

建設反対である

・リニアは現在進行中の既存の鉄道インフラ整備の方向に沿うものでない

・ボルチモア市内の駅(2 候補)が環境に悪い影響を与える可能性がある

・他の一般市民が利用しやすい既存の交通手段の運営に影響を与える

沿線の多くの地域の住民はリニアを利用できないのに建設工事の影響を受ける

・交通における平等と、市内と地域内で住民が信頼できる交通手段を利用できることが重要

ボルチモア市の対応に比べると:2011年8月の配慮書と同時に公表された3㎞幅のルートの中心線は、高森町南部から飯田市北部にかけての位置だった。飯田市は、リニア駅の飯田線飯田駅への併設を望んでいた。飯田市、期成同盟会はJR東海と9月に2回交渉をし、飯田市長は飯田駅併設を断念を表明した。しかし、2年後ルートは上郷北条地区まで移動していた。結果座光寺地区では飯田市が約30年前に分譲した住宅団地25戸のうち20戸が移転対象になった。

サム・ホールデン氏「リニアをアメリカに売り込む本当の理由とは?」(2015年の11月)

 アメリカが超電導リニアを導入する可能性がないことを日本の関係者は知っているはず。リニアのアメリカへの売り込みは日本人向けのPRだ。戦後の開発主義やナショナリズムと結びついたこの夢=妄想を日本人に持たせようとしている。リニア推進派は計画の多くの欠点を軽視しながらメディアや政治を駆使し、中央新幹線をなんとか着工までこぎつけた。もはやこの時代遅れの夢に見とれる国はどこにもない。日本人のプライドを煽るための海外輸出の夢=妄想に左右されず、その必要性を改めて考えるべきだ。

超電導リニアの元祖はアメリカのアイデア

 1966年、アメリカのブルックヘブン国立研究所のゴードン・パウエルとジェームズ・ダンビーは超電導磁石を磁気浮上式鉄道に利用するアイデアを発表。1968年に特許を取得。

1960年代後半~70年代半ばには、フォード・モーターズ社、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学で研究が短期間行われたが開発はされなかった。90年代にはグラマン社が常電導と超電導を組み合わせた方式を提案したが開発はしなかった。

 ドイツでは、1971~1976年頃、シーメンス、テレフンケン、ブラウン・ボベリ(スイス)が共同研究。半径約140mの円形テストコースで実験したが採用しなかった。

 その理由は、①渦電流効果によるエネルギー消費が大きい、②低速度時のブレーキ作用、③車輪の出し入れ装置や冷却装置などの車載が必要、④すべての考えられる運転条件の下で、良好な乗り心地が得られる技術問題が解決されていない、⑤乗客および持物に対する高磁場の影響が不明、であり、これら1977年の結論は1987年に再確認された(注)。

注:大塚邦夫著『西独トランスラピッドMaglev―世界のリニアモーターカー』公共投資ジャーナル社、1989年、p37

 日本航空の技術者(注)は、超電導方式については、「ヘリウムの冷却,液化にかなり大きなパワーを必要とするし,また高価なヘリウムの散逸を防ぐことに技術的困難が予想される.その他強力な磁場が人体に及ぼす影響とか,高速における動安定など今後解明せねばならぬ多くの点があると思われる.」が常電導方式については「大部分がすでに解明され実用化されている技術の応用であり,それゆえに安価でかつ実用化がきわめて容易であること…低公害,省エネルギーの点で優れており,かつ最も早く実用に供しうる可能性が高い」とし、「レールとマグネットの間隙が10mm程度と小さなことで,このためレールの精度をよほどよくしないと高速走行には適さないのではないかということである.しかし後述するように,この問題は実用上なんら支障のないことが判明した」と述べている。

注:『HSSTの開発について』中村信二、日本航空宇宙学会誌 第26巻 第297号(1978年10月)、p12-21

 1990年代にはドイツの常電導のトランスラピッドは実用化段階にあったが、1996年ドイツ連保政府がハンブルグ・ベルリン間の需要予測のやり直しをさせ、予測が過大だったとして2000年にハンブルグ・ベルリン間の建設中止を決定した。2006年にはエムスランド実権線で23名が死亡する衝突事故、さらに2008年にはミュンヘンの空港アクセス路線計画が中止となり、2011年にトランスラピッドの開発は終了した。

 トランスラッドを導入した中国は、2004年から正式に営業を開始し運行は続いているが、延伸されることもなく、世界最長の高速越道網は従来の鉄道方式で建設された。

 ベルリンで2年に1度開催される国際鉄道見本市、イノトランスでは高速鉄道車両への関心は低くなり、2016年に展示された新型の高速列車2機種の最高速度は250㎞だった。同時期に導入さらたドイツのICE4は最高速度が250㎞/h、日立がイギリスに輸出した高速列車は225㎞/hだった。

 2018年のイノトランスの開会挨拶で、フランスの鉄道車両製造のアルストム社の最高経営責任者は「もはや最高速度などは誰も口にしない。どれほどクリーンな電車を出せるかが重要だ」と強調、これを伝えた『日経新聞』(2018年9月22日)記事は、「鉄道車両も環境性能が競争軸の一つになってきた」と書く。最高速度が250㎞/h程度でよいなら、磁気浮上式鉄道は不要となる。

テキサス新幹線もほぼ失敗

○ 2024年10月10日、『朝日』"テキサス新幹線、国交省の官民ファンド丸抱え 着工せぬまま巨額損失"  「この事業は、安倍晋三元首相が日米首脳会談でとりあげるなど、熱心だった。JR東海名誉会長だった故・葛西敬之氏は、安倍氏の後見人とされる存在だった。複数の政府関係者は『テキサス新幹線は、政府内で腫れ物を触るように扱われてきた。それが国交省の不透明な対応の原因になっていたのではないか』」

○ 2024年11月12日、『朝日』"官民ファンドのJOIN、米新幹線計画への支援撤回 巨額損失で批判" 「投資家から資⾦を集められず、当初17年を予定していた着⼯は⼤幅に遅れている。JOINが引き受けたTCの社債は22年に債務不履⾏に陥り、昨年度決算では、これまでに投融資した417億円全額の損失計上を余儀なくされた。」

○ 2025年4月21日、『JETRO』"トランプ米政権、テキサス高速鉄道の連邦助成を撤回、今後は民間主体事業へ方向転換(米国)" 「米国運輸省連邦鉄道局(FRA)と米国鉄道旅客公社アムトラックは4月14日、テキサス州高速鉄道プロジェクトへの連邦助成6,390万ドルを撤回すると発表 した。FRAは、建設は非現実的で、納税者にとってはハイリスクな投資と判断し、助成撤回措置に至った。」

○ 2025年5月16日、『朝日』"規律なき官民ファンド、廃止は1件のみ 責任が問われるのは誰なのか" 「赤字額が最も大きい海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)に至っては、『あくまで民間が投資の主役』という大原則も守られなかった。417億円の損失を出した米テキサス新幹線の建設計画では、計画を主導したJR東海は出資せず、JOINがほとんどのリスクを負った。…多くの官民ファンドの財源は、国が持つNTT株やJT株の配当などだ。予算にも活用可能な資金で、損失が生じれば国民負担となる。にもかかわらず、赤字ファンドの設立を進めた政治家や官僚の責任を問う動きはみられない。」

思い出すのは、2013年9月ルート発表の当時の山田佳臣社長の「リニアは絶対にペイしない」という発言。

なぜペイしないのか、車体を浮上させるために設置しなくてはならない電気設備の費用、使用電力ではなくて、電力変換設備だとか、地上のコイル、電力変換設備とコイルをつなぐ電線など費用が、通常の新幹線に比べて3倍以上必要なこと、また、時速500㎞で走るためトンネルの断面積が大きいことが主な要素。以下の文献が参考になります。

西川榮一著『リニア中央新幹線に未来はあるか─鉄道の高速化を考える』(自治体問題研究所、2016年2月15日)

〇 需要が無ければペイしない。本当に必要なものなのか? 日本はアメリカと同じように資本主義社会です。その日本でペイしない大事業が実行に移せる不思議を考えるべきと思います…

・JR東海、元会長・須田寛氏のジョーク??

世界でこれだけリニアに投資できる決断が可能なところは、これまでの段階では日本の東海道地域しかなかった…」(『私の鉄道人生"半世紀"』イースト新書Q、2019年3月、p177) ⇒ アメリカ輸出は無理と分かっていた?

(参考) JR九州の初代社長で車両技術者だった石井幸孝さんは『国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊』(中公新書2714、2022年8月22日)の中で、思い付きの提案はきちんと検討すれば、上手くいかないことや開発に要するエネルギーが無駄になることはわかるはずとして、経営者には深い洞察力が必要だといっています。リニアは「思いつき型」で、長年の鉄道の経験が役にたたない、完成までには時間もお金もかかるはず。相当な時間と資金を使った後に失敗という例が多くあるけれど、それを世間が大目に見るのは日本的風土かも知れないといっています。お金と知恵と時間には限りがあるので何を優先するかの選択が問題で、新しい仕事を始めるか否かについて、また始めた後の進め方について、経営者の判断は賢明でなければならないといっています。また、日本では、組織の中で率直な異論を言いにくいことも原因としています。

参考書

○樫田秀樹著『混迷のリニア中央新幹線』(旬報社、2025年10月1日)

最近出たばかり本です。沿線全体の現状が良くわかると思います。

参考ページ

○ 北山敏和の鉄道いまむかし:リニアと高速鉄道

( http://ktymtskz.my.coocan.jp/linia/maglev.htm )

○ 全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために、2022年12月13日、共産党

( https://www.jcp.or.jp/web_policy/2022/12/post-936.html )

○ リニア新幹線の建設に反対する … 2012年5月17日 日本共産党

( https://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-05-18/2012051804_01_0.html )

○ 毎日新聞 2024/5/10 "「リニアはつまらない」 鉄オタ・石破茂さんが嘆くワケ"

( https://mainichi.jp/articles/20240510/k00/00m/010/063000c )

○ J-CAST 2024.01.04 "「リニアに何の意味があるかよく分からない」 鉄オタ・石破茂氏が語る、本当に必要な鉄道整備とは"

( https://www.j-cast.com/2024/01/04475761.html )

飯田リニア通信 (「飯田リニアを考える会」のHP)

南信リニア通信


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