「歩く楽しさ」の時代 ― 隈研吾さん講演ほか

 「リニア中央新幹線を地域振興に活かす伊那谷自治体会議」という長い名前の団体の「勉強会」と飯田市による「リニア駅周辺整備に関する市民説明会」が飯田市吾妻町の中央公民館でありました(2017年1月19日)。2つの会が前半後半という構成。

 前半の勉強会は新国立競技場を設計する隈研吾さんの講演。21世紀の街はどうなるかという内容。20世紀は鉄とコンクリートの大きな建物の時代だったけれど、21世紀は地域の文化の時代だそうです。地域づくりでは「歩く楽しさ」と「自然が近くに感じられる」ことが重要だそうです。その点で飯田は有利とのこと。実例として隈さんが設計した建物のスライドを見ました。木材を主体に使った構造が特徴のようでした。ただし、隈さんはリニア駅周辺整備や駅の設計にかかわるわけではありません。

 昨年末、安倍首相は新たな成長戦略の目玉としてリニアを取り上げました。「鉄とコンクリートの大きな建物の時代」とは高度成長の時代のことです。そのゾンビ的な「象徴」といえるのがリニアではないでしょうか?

 「歩く楽しさ」と「自然が近くに感じられる」点で飯田は有利というのは、「これから」のことか? そうじゃないでしょう。現在のことだと思います。「歩く」ことを楽しむなら何も遠くへ行く必要はありません。歩けば地域の広さと良さがわかるからです。自然が感じられる過密でない、そういう点で飯田は有利。東京では「自然が近くに感じられる」はないかもしれないけれど「歩く楽しさ」はある。

 つまりリニアは造っても無駄ということになりませんか。欲しがるのは、人の金で切符が買える人たちだけじゃないのか?

 隈さんが設計したイタリアのスーザ駅(スーザの位置)。


≪この駅設置と周辺整備のためにどれほどの人が移転しなくてはならなかったのかという話はありませんでした。そういう質問も出ませんでした。≫

 彼は新幹線の駅と言っていましたが、本当は在来線の駅だと思います(訂正あり)。ヨーロッパでは日本の新幹線にあたるのは高速列車ですが、ローカル列車や貨物列車と同じ線路の上を走ります(※1)。後半で信大の先生のスライドに出てくるイギリスのシェフィールド駅も新幹線ではなく在来線の駅。

(訂正) スーザは現在鉄道があって(参考)、隈さんが手がける駅(駅予定地の現状)は新たに敷設する高速列車専用線のようです。念のために、リニアじゃありません。「新幹線」と説明しても間違いではありませんね。参考:SUSA鉄道駅舎計画設計競技最優秀賞選定。スーザの場合、完成予想図によれば従来の鉄道とは新駅構内で乗り換えができそうです。


画面クリックで拡大。利用者数は違いますが、飯田駅にちかい感じです。従来の鉄道だからこういう景観になるのであってリニアではこうはなりえません。

 高速列車も停車するという説明が正しい。参考にいえばシェフィールド駅のある路線(ミッドランド・メインライン)はかなりの部分が非電化区間、つまり列車は電車ではなく全部ディーゼルです。ヨーロッパの鉄道の高速列車は現在は最高速度300㎞~320㎞の運転をしていますが(イギリスを除いて)、次世代の高速列車は最高速度250㎞です。見てくれだけならともかく、ヨーロッパの鉄道の駅と駅周辺の整備はリニアの駅周辺整備の参考にはならないはずです。というよりは、ヨーロッパを手本にするなら、リニアは不要という結論になるはず。

※1 余談。新幹線は世界一安全と言われます。しかし、比較には条件を同じにすべきです。鉄道全体の事故という見方をすれば、ヨーロッパも日本も大差ないはずです。次の表(阿部修治氏による)参照。温州以外は単独事故。
事故死者/負傷者事故時の推定速度
1998独・エシェデで高速列車が脱線転覆101/88200km/h
2005福知山線で通勤電車が脱線転覆107/562110㎞/h
2011中国温州市で高速列車が衝突脱線転覆40/192100km/h
2013西・ガリシア州で高速列車が脱線転覆79/140以上190km/h

 とどめの一言としては後半「リニア駅周辺整備に関する市民説明会」の最後の方で、飯田市の佐藤参事は、鉄道事業者は、つまりはJR東海のことですが、駅の建設にお金はかけない傾向にあるといっていました。つまり、中心にくる駅が殺風景この上ないものでは、駅周辺整備について有識者が集まってデザインがどうのこうのと検討しても結局は無意味ということですね。JR東海は中間駅を設置する気持ちはなかったはずです。もともと利用客のいるはずもない駅が地域に役立つと思うのはちょっと甘すぎるんじゃないですか。全部地下を通せと言っている人もいるくらいです。それが出来なきゃリニアはやめとけですね。


 信大の造園学の上原先生が有識者として加わっています。造園学では「景観」とはそもそも何かということを研究しているんでしょうか? 私は景観は保存する、守る対象であって、つくるものではないと思います。最近は文化庁も「文化的景観」ということを言っていますが、その土地の自然環境条件のもとで持続可能な生業(なりわい)の行われている地域、ただならぬ普通に価値があるといっています。実はそういう「文化的景観」を壊すのがリニアです。壊したあとで自然と伊那谷らしさが感じられるデザインの駅周辺整備をやって何になる、バカこくなというのがこの市民説明会を聞いた感想です。

 付け加えると、こういうヤバイ問題で子供に意見を言わせるのはやめようね。動員をかけたと思うのですが、参加者はまばらでした。


 配布資料の駅周辺整備の予想図。


画面クリックで拡大。


画面クリックで拡大。駅部分は「白」ではなく本当はコンクリートの灰色。周辺は画面中央部の白い部分に合わせ薄い色で描かれています。2枚の予想図は殺風景さが目立たないような描き方をしているように思えます。この絵そのものが良く見えりゃいいんです。いわばインチキです。

 以下、投影されたスライド。こういう機会にちらっと見せるだけの資料です。


巨大で異様な駅舎が目立ちます。右上が土曽川の谷。


右手前は立体駐車場。有識者は東京から来た人は駐車場は使わないだろうが、地方ではやはり駐車場は重要なのだと思ったという感想が出ていました。


中央の変なものは何でしょうか? これが伊那谷らしさを演出する物らしいです。


簡単な立体模型という点を差し引いても殺風景。


リニアは貨物輸送できないはずなのに、駅前に倉庫が。


画面をクリックすると右下部分を拡大。赤で囲った部分。新設予定のアクセス道路で既存の住宅の一部が削り取られて描かれています。こういう形の用地交渉をするということなのでしょう。デザイン図とはいってもいかに無神経な作業かがわかります。これらの住宅にお住いの方々はどう思われるでしょうか。

 なお、市民説明会の資料はリニアのまちづくり・いいだ:リニア駅周辺整備に関する市民説明会の資料掲載について[2017年1月20日]にあります。また『南信州』1月20日付けに記事があります。20日には「伊那谷自治体会議」が県飯田合同庁舎で、地元住民が強く反対しているリニア乗り換え駅設置について設置の方向で検討しています(『南信州』21日)。

 住民にとって不愉快と言えるこれらの説明会や会議は結局、住民の支払った税金を使って行われています。

(2017/01/21)

(2017/01/22)追加情報:南信州地域問題研究所がリニア駅周辺整備について住民の意見交換会を2月5日に長野県飯田創造館で行うそうです。誰でも自由に参加できるそうです。詳細は、⇒ チラシ