更新:2019/11/26、2019/11/27 補足

超電導リニア もともと赤信号

 最近、こちらこちらに書いたことをちょっとまとめてみました。

いろいろな磁気浮上方式鉄道

 いまのところ、磁気浮上式鉄道にはどんなものがあるか整理すると:
路線営業開始最高速度方式方式路線長
上海トランスラピッド2004年1月500㎞/h常電導地上一次・同期式30.5km
愛知高速交通・東部丘陵線2005年3月100km/h常電導車上一次・誘導式8.9km
長沙磁浮快線2016年5月100km/h常電導車上一次・誘導式18㎞
仁川空港磁気浮上鉄道2016年12月80km/h常電導車上一次・誘導式5.6km
北京地下鉄S1号線2017年12月100km/h常電導車上一次・誘導式9.1km
リニア中央新幹線2027年予定505km/h超電導地上一次・同期式285.6km

 常電導方式が主流で、そのなかでも最高速度が100㎞/hまでのものが中心です。普通に考えれば、広く使われている方式のほうが良いはずですから、超電導リニアというのはちょっと分が悪いかも知れない。その、超電導リニアが開業予定の2027年までに完成できるかどうかの瀬戸際です。いくつかの新聞が「黄色信号」と書いています。「黄色信号」の次は「赤信号」。

カギは半導体技術の発達

 時速500㎞/hの高速走行ができるのは、上海トランスラピッド(*)と超電導リニア。この二つの方式がどんなふうに開発されてきたのか調べて見ると、どちらも本格的な開発が始まったのは1970年頃からです。

* トランスラピッドは上海で、試験運用中の2003年11月に501km/hで走行しています。車体は500㎞/h走行できるのですが、上海の路線の営業運転では430㎞/hに抑えています。

 超電導は1966年にアメリカの技術者がアイデアを発表したことが始まりです。日本では国鉄が超電導方式の開発に取り組み現在に至っています。ドイツのシーメンス社も1972年ころから1977年まで開発をしています。アメリカが開発しようとしたのは1990年代に入ってからですが、立ち消えになってしまいました。

 常電導はドイツで戦前に磁気浮上の基本的な仕組みについて発明されていましたが、当時はまだトランジスタが発明される前で、実用化に向けての開発はずっと後になりました。1947年にトランジスタが発明され、半導体の技術が発達しました。大きな電流や高い電圧を扱える半導体が出来たので磁気浮上式鉄道の電磁石の制御に使えるようになったのです。半導体の技術は磁気浮上式鉄道だけでなく広い範囲の工業分野で応用できるものです。また、電磁石は、モーターなどで広く使われてきた技術です。常電導のガイドウェイには形は普通の鉄道とは異なりますが、車体の電磁石が吸引する相手として鉄のレールが使われています。このように常電導では、いろいろな分野で広く使われ、また長く使われてきた技術を組み合わせて開発されました。ところが超電導磁石は、半導体技術ほどに普及しているものではなく、現在でもまだまだ特殊な技術なので、関連していろいろ新しい工夫が必要でした。

 1970年ころから、クラウスマッハイ社、メッサーシュミット・ベルコウ・ブロム社が常電導の磁気吸引方式の実用化に向けた開発を始めました。ドイツではシーメンス社が超電導を開発していましたが、1977年に常電導のトランスラピッド方式に開発を統合しました。ドイツは超電導に見切りをつけたのです。

曲がりなりにも、乗り物なら

 ドイツでは、開発のはじめの頃から、実際の路線での走行を意識して半径800mのカーブのある実験線で試験走行をしていました。1980年からエムスランドというところに両端にループのある実験線の建設を始めました。超電導リニアの実験線が、国分寺宮崎山梨も、ほぼ直線なのとは対照的です。つまり、超伝導リニアは、これまでカーブを走るという点についてきちんと開発を行ってきた様子がありません。

 超電導リニアのカーブの最少半径は、8000m。トランスラピッドでは400mです。最高速度はほぼ同じなので、交通機関としての性能では、明らかにトランスラピッドのほうが優れているはずです。上海の路線には、半径約1.3㎞、2.3km、4.5kmのカーブがあります。リニア中央新幹線の計画路線には、品川駅と名古屋駅のそばに半径900m、2000mというカーブがありますが、この部分は150㎞/h以下の車輪走行です。それ以外の場所、高速で浮上走行する本線上には半径8000mよりきついカーブはありません。

80年代に勝負はついた

 1980年代に入ると、ドイツは、現在の上海トランスラピッドとほとんど同じ大きさの車体の試験車両を作って、エムスランドの実験線で試験走行を始めました。1980年代後半には各国に売り込みを始め、日本では伊藤忠商事と三菱重工が窓口になっていました。1987年12月には発足したばかりのJR東海の葛西敬之氏がエムスランドを視察しています。

 1980年代は、日本ではまだ宮崎実験線の時代で、「MLU001」という試験車両が走っていましたが、全長約29m、定員32人、重量約32トン、速度405km/h。同じころ、トランスラピッドは、TR-06型 が、全長54m、定員198人、重量約120トン、速度412.6km/hだったので、ドイツに比べ、1980年代おわり頃には、実用化に向けてかなり遅れていたことは明らかです。

見当はずれの超電導リニアにすがったJR東海

 1987年に国鉄は分割・民営化したので、超電導リニアの技術も含んでそれまで国鉄時代に蓄積した研究成果はJRグループの共有財産として鉄道総合技術研究所が受け継ぎました。ところが、JR東海は民営化直後の1987年には社内に「リニア対策本部」を設置、1988年9月には、新たなリニア実験線の建設に1000億円程度の拠出すると発表しています。さらに、1989年には、JR東、JR東海、JR西の三者は協議をして、JR東海が中央新幹線の経営主体になることについて合意しています。なぜ合意ができたのか。当時のリニアの技術開発の状況やトランスラピッドの開発状況を見れば明らかだと思います。おそらく、他の2社は超電導技術の採用について懐疑的だったのです。鉄道事業の経営者のセンスの違いだと思います。1989年3月には、JR東海が提供した、「鈴木健二の体験タイムトンネル 〜陸蒸気から2000年リニアエクスプレスまで〜」というテレビ番組の中で、国鉄時代にリニアの開発の中心にいた京谷好泰さんが、「リニアモーターカーの生みの親」と紹介され登場して、リニアは2000年までに実現するといっています。ところが、1991年10月には、宮崎実験線で、MLU002型が暴走、火災を起こして焼失する派手な事故を起こしています。

 1996年に山梨実験線での試験走行が始まりました。トランスラピッドが1980年代半ばに実現していた実用的な大きさの車体の実験がやっと始まりました。すでに、トランスラピッドに、10年以上の遅れをとっていました。

超電導方式の欠点

 2019年の今、ドイツが超電導に見切りを突き付けてから42年。ドイツが指摘した超電導の欠点を超電導リニアは克服できたでしょうか。

○「渦電流効果によるエネルギー消費が大きい」ために、軌道周辺に金属材料や普通の鉄が使えません(鉄については超電導磁石の強磁界も理由)。

○「低速度で顕著にみられるブレーキ作用」を避けるため採用した側壁浮上方式のために曲線走行時の安定性が劣るので、ほぼ直線しか走れません。浮上力や左右方向の支える力が速度により変化することも曲線走行時の不安定の原因と言えます。

○常電導なら不要の「浮上、着地システムや超電導冷却システムのような余分の車上ユニット」が必要です。また、冷却に必須なヘリウムは希少資源です。主な産出国のアメリカは戦略物資としています。

○「すべての考えられる運転条件の下で、良好な乗り心地が得られる技術問題」については、「揺れ」の問題が改善できていないことをJR東海も認めています。

○「乗客および持物に対する高磁場の影響」については、ボーディングブリッジみたいな、けっこう面倒くさい装置や定員を減らすことで対応をしています。それが乗客の利便性を損なうはずです。

 特に、ほぼ直線しか走れないために、南アルプスはじめ、地下トンネルが多いことで、水資源に与える悪影響が大きいこと、トンネルから発生する残土の処分先がほとんどありません。水については、大井川の減水に対する静岡県民の心配を解消する具体的、科学的な方策をJR東海はいまだに提示できていないし、しようとする姿勢がありません。だから、静岡県内ではいつまでたっても工事の着工はできません。

 長野県内では、約970万立法メートルのトンネル残土が発生します。現時点で処分先で、工事が完了、工事中、活用予定のある工事が進行中を含め確定しているのは、約21万立法メートルにすぎません。一方、土砂災害を心配する周辺住民の反対で計画が中止なった残土置場の受入れ予定量は約642万立法メートル。現在、3か所計約200万立法メートルについて周辺住民が反対の意思表示をしています。

「もはや最高速度などは誰も口にしない。
どれほどクリーンな電車を出せるかが重要だ」

 常電導方式は、超電導方式と比べると優れているのですが、実は従来の鉄道に比べると最高速度の点では優れていても、それ以外では鉄道のほうが利点が多いのです。とくに、分岐装置の大きさや複雑さや、電力消費が大きなことなどは大きな問題点です。

 一方では、世界的には、特に西欧では、列車の最高速度は問題にされなくなってきていて、最近発表された新型の高速列車の最高速度は時速250km/h以内です。省エネルギー、環境に対していかにクリーンであるかが焦点になってきています(*)。そうなれば、もう500㎞/hという最高速度を狙う磁気浮上鉄道の出る幕はありません。トランスラピッドは上海に営業路線が建設されましたが、上海市中心部への延伸計画も、上海と杭州の間の計画も中止になりました。中国ではこの間、従来方式の鉄道による高速列車の路線を2万9000kmまで発展させました。また、ドイツ国内での計画はすべて中止になり、開発も終了しました。

 環境問題をより重視しなくてはならないこれからの時代に向けて、超高速の磁気浮上式鉄道を建設する意味などみあたらないと思います。また、事実上、リニア中央新幹線計画は行き詰っていると思います。やはり、直線しか走れないという超電導リニアの技術的な欠点、超電導磁石を採用しようとしたセンスの悪さに問題があったといえます。技術的に無理を重ねてきたリニアにとって南アルプストンネルは最大の無理難題、自然は「忖度」なんかしません。

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技術の発展の歴史を俯瞰すれば、環境の保全を内部化しない技術に未来はない。
(2014年6月、「中央新幹線(東京都・名古屋市間)に係る環境影響評価書に対する環境大臣意見」)

古くからあった浮上式鉄道への批判

 列車を浮かして走らせるという発想については古くから批判がありました。

「車両を線路から持ち上げるために必要とする力はかなり大きく、少なくとも線路上にある車両を駆動する際の摩擦抵抗に打ち勝つために必要な力より大きい。その上に更に力を必要とするので、当然のことながらコストはより高いものとなる。」(ドイツ連邦鉄道)

反論:「この新しいシステムは多くの利点を有しており、避けることのできない物理的なコスト増は認めるとしても、全体的には、短期間にそれを償うことができる」。

(Rossberg著・須田忠治訳『磁気浮上式鉄道の時代が来る?』より)

 車両を持ち上げて走るのは大変だろうという指摘は、同じ速度で比較すると、トランスラピッドの電力消費が新幹線に比べると多いことが実際に証明しています。「新しいシステムは多くの利点を有しており…」という反論は、結局は「スピード」だけで、それは、スパーメガリージョンだとか地域活性、陸の孤島の解消などといった、あいまいで具体性のないスローガンにつながるものと思います。

 一番のポイントは分岐装置:

「(磁気浮上式鉄道では)数組の車両を、あるいは数本の線路を用いて運転するということになると、たちまち車両をある線路から他の線路に移すという問題が生じるのである。このために必要な分岐装置がきわめて複雑で高価であることを思えば、磁気浮上方式が高速鉄道に取って変ることが決してないだろうということを理解する一助となろう。」
「 実のところ、磁気浮上式の出番となるようなマーケットがないのである。レール・車輪方式の高速鉄道は、非常に多数の旅客を都市間旅行に必要にして十分な高速度で、移動させることができる。それ以上の距離になると、今度は航空機が見事なほど効率的に長距離旅客を運んでくれるのである。」
「私がこれまでに聞いた磁気浮上式に関する批評のうち最も印象的なものは、1984年にバーミンガムで開かれた会議の席上、イギリスのGEC社の技術部長 M.P.リース博士が語った次のような言葉である。いわく『もし仮に、誰でも彼でもがホヴァークラフトだの磁気浮上式車両だのに乗っているような事態になったとしよう。そのときには、車輪という発明は、われわれがいま考えているよりもずっと素晴らしいものだということが分かるであろう』。日本とドイツで既に巨万の費用をかけた研究がなされたにもかかわらず、磁気浮上車両がまだ営業運転を開始するには至っていないということに、冷静に思いをいたすべきである。」(マレー・ヒューズ著/菅健彦訳『レール300 世界の高速列車大競争』山海堂、1991年[原著は1987年]、100~101ページ)

 浮上式鉄道を無理に普及させた将来、車両故障で運休なんてことがしょっちゅう起こるのではというのがM.P.リース博士の指摘。浮上式鉄道に、鉄の車輪と鉄のレールほどの信頼性や経済性は望めません。

10㎝と1㎝の比較はナンセンス

 なお、10㎝浮上の超電導リニアのほうが、高速走行に適しているし、地震などで軌道がずれた場合にも、1㎝しか浮上しない常電導に比べて、安心という人たちがいます。10㎝の浮上と言われていますが、左右ガイドウェイとの隙間は4㎝(*)しかありません。また、超電導リニアは磁気バネで車体を支えているので、バネの伸び縮みする「シロ」が必要です。一方、トランスラピッドでは、スキマの長さを監視して電磁石に流す電流を制御してスキマを常に一定に保ちます。そういう仕組みの違いを無視して10㎝が1㎝より適しているという説明は、適当とは言えません。10㎝浮上が優位という説明を、鉄道事業について認可権限のある国土交通省が行っているのは異常だと思います。

* 左右の隙間についてJR東海に質問したところ機密事項であり回答できないとのことでした。じゃ、10㎝だから安心なんて言えないはず。リニア鉄道館、山梨県立リニア見学センターの試験車両の実物展示や、鉄道総合技術研究所の公表していることなどから、見かけは7.5cm、実質4㎝と推測できます。