更新:2022/08/08

「おおばけ」に期待しても…

 フェースブックの"リニアを考えようコミュニティ" に「日本自然保護協会」が、国交省の交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会の中間とりまとめに対して、2011年1月14日にだしたパブリックコメントのページを紹介した投稿がありました。

 ルートについて、ルート公表前は、諏訪から伊那谷を通るBルート、そして現在の南アルプスをトンネルで貫くCルートが候補にあがっていたような雰囲気だったと思います。

 日本自然保護協会のパブリックコメントはルートについて次のようにいっています。

木曽谷、伊那谷、南アルプスの3つのルート案が示されている。しかし今回の検討では、3ルートを同等に比較検討していると思われる資料は、輸送需要量の部分のみであり、その後の需要予測や費用対効果の検討は、木曾谷ルートの検討が除外されている。

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中央新幹線小委員会の第4回会合で沿線都県への聞き取りで長野県が使ったスライドの3枚目から。乗客数の予測はJR東海によると思われます。この資料でAルート(諏訪から木曽谷を経由)で空白になっているのは、長野県としてはBルートを主張していたからかも知れませんが、長野県としてもあえて空白にする理由はないはずです。

 「中央」という名前がつくので、「中央本線」沿いにと考える常識からすれば、ちょっと変じゃないかと思うでしょう。

 中間とりまとめは「4.ルートについて」の「①伊那谷ルート及び南アルプスルートの比較」で次のようにいっています。:

伊那谷ルートについては、甲府盆地から諏訪方面を経て伊那谷を経由するもので、既存市街地に比較的近接することから、沿線旅客の中央新幹線へのアクセス性という面で利点がある。一方、南アルプスルートについては、路線延長が短くなり速達性に優れる結果、輸送需要が相対的に多く、なおかつ建設費用が相対的に低くなる利点8が想定される。

 「沿線旅客の中央新幹線へのアクセス性という面で利点がある」という部分、JR東海の試算でも、利用客数は伊那谷ルートの方が南アルプスルートの約2倍なので、南アルプスルートのほうが「輸送需要が相対的に多く」という表現は、東京(品川)と名古屋のあいだに限ればという意味。全幹法は「全国的な鉄道網の整備を図り、もつて国民経済の発展及び国民生活領域の拡大並びに地域の振興に資することを目的」(第1条)といっているので、審議会の案としてふさわしくないことはあきらか。

 また、:

東海旅客鉄道株式会社(以下「JR東海」)が両主体となった場合、財務的な事業遂行能力の観点から、建設費用が低く、なおかつ輸送需要量が大きい南アルプスルートの方が事業リスクが低く、さらには大阪開業をより早期に実現する観点からも優位となる。

と、JR東海と東京の利益しか考えていない。

 「中間とりまとめ」は、また、「②南アルプスの長大山岳トンネル建設の技術面での評価」で次のようにいっています。

建設費用の比較において重要な要素となるトンネル工事費についても、全幹法に基づく調査の段階において、南アルプスルートの地山等級を最も厳しく設定した上で積算10を行っており、両ルートの工事費の想定は合理的に行われているものと判断できる。

 しかし、現実問題として、着工から5年、(1)南アルプストンネルの長野工区では、掘削のペースは、JR東海が当初予測していたものに比べ約3分の2で、2027年の開業には間に合いません。(2)杜撰な環境影響が原因で静岡県でトンネルの掘削が開始できず、JR東海の7年5カ月(*)で工事が完了できるという言葉を信用しても、2027年の開業には間に合いません。工事関係者からも「掘ってみないと分からない」とされた南アルプストンネル。「工事費の想定は合理的に行われているもの」とはいえなかったはずだと思います。

* 2020年6月26日の川勝静岡県知事との会談のなかで金子慎社長がいっている。トンネル工事に5年5カ月、ガイドウェイの設置や試運転に2年で(6/26 知事と JR 東海金子社長との面談議事録)。実際の掘削ペースの実績をみると、トンネル工事だけで8年3か月以上かかると思われます。

 「中間とりまとめ」は「④ルートに関する地域の意見 」として:

…長野県内からは、伊那谷ルートでの整備を望む意見が寄せられた一方で、従来の速達性の高い鉄道サービスが及ばない地域などから南アルプスルートでの整備を望む意見が寄せられている。…

 といっています。「従来の速達性の高い鉄道サービスが及ばない地域」とは、飯田市のことで、伊那谷ルートでは諏訪地方に中間駅が設置されるだろうけれど、南アルプスルートなら中間駅が飯田にできるという希望。さらに、在来線の飯田線の飯田駅に併設できると。

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飯田市歴史研究所』はこの看板を保存すべきです。

 しかし、現実は、JR東海が最初に示した中間駅の位置は5キロの円で示されたその中心は飯田市の北隣の高森町の南部の地域でした。その後飯田市はJR東海になにかと強く働きかけたのでしょう、路線がだんだん南にずれて行って今の位置に決まったのですが、この位置は、市街地の中心が2つできてしまうこと、「飯田市民」の犠牲が大きいことなど問題点がありました。風越山トンネルの東側を地下水源の保護のためNATM工法からより費用のかかるシールド工法に変更したことなど、おそらくJR東海としても工事の上で不利な条件を背負わされたと思うのです。既存の飯田駅に併設できないなら、いっそ田舎の隣の町でも飯田市全体として悪影響は少なかったし、効果もそれほど違わなかったはずなのに、中途半端なことをしたものだと思います。よほどバツが悪いのか、駅位置が北条に決まった当時の飯田市長は、『信濃毎日新聞』の取材を、愛知学院大特任教授の立場を理由に「難しい」(*)と断ったそうです。

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国会図書館デジタルコレクション の左の欄の「原資料(URL)」の最初の https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11299183/www.env.go.jp/policy/keizai_portal/F_research/5Report_1.pdf の「平成26年度 環境経済の政策研究 地方公共団体における地球温暖化対策実行計画等の実施に伴う環境・経済・社会への影響分析 最終報告書 平成27年3月」の108ページの表と同じもので、スライドは右の欄のファイル名は左右の三角矢印で4資料から選べますが5Presen_2.pdf の6番目の36ページ。

 上の図で明らかなように、飯田は中間駅の中でも中津川と並んでかなり利用者の予測数は少ないです。灰色は各中間駅の地元の県などによる予想で、赤は、「地方公共団体における地球温暖化対策実行計画等の実施に伴う環境・経済・社会への影響分析(神戸大学・小池淳司)」の「交通モデルを用いたリニア新幹線各駅の乗降客数の予測値」。飯田の数字は水増しされているとしか思えないものです。箸にも棒にもかからないほどの利用者数。『リニアが日本を改造する本当の理由』の市川宏雄さんは伊那谷はもっとも「おおばけ」する可能性がある地域といっていますよ。それにすがる飯田市や広域連合なんかは「オオボケ」しているのかも知れません。

 既に飯田市の中心部の丘の上の衰退はあきらかで、飯田駅前のピアゴ(ユニー)は撤退したし、キラヤ銀座店も撤退、ついに生鮮食料品を扱う店はほとんどないという状態。通りに面した商店街もシャッターの降りたところがほとんど、人通りもありません。最近、丘の上から銀行の支店が郊外に移転しました。衰退の原因に、自家用車の普及と中央自動車道の開通があることは間違いなく、交通の便の良さと地域の発展は関係ないことは示されたと思います。

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移転した八十二銀行伝馬町支店

 「リニアの駅を飯田へ」の看板は以前は復興記念館(*)があった場所に立てられていた橋南自治振興センター(橋南公民館)敷地内にあります。この施設も[ りんご庁舎内」に移転。復興記念館のあった時代は高度経済成長の時代で丘の上に一番活気のあった時代だったと思います。

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* ネットで検索したらこの写真がありました。

 リニアと違ってちょっと脱線しましたが、「中間とりまとめ」の資料(PDFの)18ページ目。「東京都・大阪市間のデータ」によれば、建設費は、Aルート(木曽谷)が9兆5700億円、Bルート(伊那谷)が9兆6800億円、Cルート(南アルプス)が9兆300億円。2021年4月27日に、JR東海は、品川―名古屋の工事費が、これまでの計画より約1・5兆円増えて約7兆円になる見通しだと発表(『朝日』4月28日)。「中間とりまとめ」の資料によれば、BルートとCルートの費用の差額は「5400億円」です。費用の増えた理由は難工事、残土対策、地震対策。全部計画段階で予想できたことだと思いますが、ともかくCルートを選べば工事費が少なくて済むという理由は成り立たないように思えます。

 なぜ、JR東海が、Cルートにこだわるのか。そもそも、超電導リニアの側壁浮上方式では、トランスラピッド(*)のようにカーブを自在に曲がることが困難です。AルートやBルートでは最小カーブ(半径8㎞)が十数キロ連続するような場所や、車輪走行でなければ通過できないカーブができるはず。というのは私見です。

* 常電導方式のトランスラピッドはドイツが開発。2003年から上海で営業路線が運行しています。最高速度は時速430キロ、線型が良ければ500キロも可能。常に浮上して走行。最小カーブは半径400m。電力消費は超電導リニアの約63%。

 「超高速でまっすぐ走れば早く着く」という、ごもっともな理由をウラから眺めると「まっすぐしか走れない」となります。

 「中間とりまとめ」の「6.付帯意見」(8ページ)の「②コストダウンの重要性」:

超電導リニア方式の高速鉄道は、速達性向上の効果が大きいものの、依然として高額の整備費用を要するものである。大幅なコストダウンは、建設主体等が安定経営を確保しつつ、中央新幹線を名古屋まで着実に整備し、さらに名古屋開業後大阪まで可及的速やかに整備するため、また、超電導リニア方式が国際競争上の優位性を確保していくためにも極めて重要である。したがって、建設主体等は、電気、車両、土木、運転すべての分野にわたって今後も技術開発によるコストダウンに最大限努めることが極めて重要である。加えて、国等においてもコストダウンのための技術開発の支援等を行っていくことが重要である。

 この点で、超電導磁石を液体ヘリウムが必要な今のニオブチタン合金ではなく、ヘリウムのいらない高温超伝導磁石に転換することがぜひとも必要だと思うのですが、山梨実験線の試験車両に全面的に採用されて試験走行が上手くいったというニュースは聞きません。

参考ページ:"絶対に無視できない超電導リニアの問題点"、"絶対に無視できない超電導リニアの問題点(その2)"

 2020年6月14日に Youtube にのった動画 "【ガリレオX傑作選⑩】 世界最速を実現した日本の超電導リニア" の14分8秒付近でJR東海の中央新幹線推進本部・リニア開発本部長(常務執行役員)の寺井元昭さんは、ニオブチタン合金の超電導磁石を使っており液体ヘリウムが必要といっています。寺井さんは、1981年、国鉄に入社。東海道新幹線の浜松工場で車両のメンテナンスに携わる。国鉄の分割・民営化でJR東海へ。1988年鉄道総研へ出向し、宮崎の実験線でリニアに関わって以来、リニア一筋。(『@DIME』2019年7月17日"知って納得!JR東海の寺井常務に聞くリニアに運転士がいないワケ")。理由は不明ですが、この動画は現在は非公開になっています。(参考:取締役、監査役及び執行役員 [ 2022年6月23日現在 ])

 リニアについては、かなり前から批判的な意見がありました。そして事業計画そのものについて事前の調査が非常に不十分だったと思います。すぐに中止しないと、地域破壊や自然破壊、住民の犠牲が「ムダ」に増え続けます。今回の長野県知事選では、新人金井忠一さんがリニアの中止を公約にあげました。

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