更新:2025/08/06、2025/08/09 追記、2025/08/10 補足
アメリカのリニア計画がボツに
アメリカの首都ワシントンとメリーランド州のボルチモア市を結ぶ超電導リニアの計画がボツになりました。8月6日時点で、このニュースを伝えた日本語の記事は 『Yahooニュース』と『ロイター』だけです。『ロイター』の記事を『Yahooニュース』が転載したので基本的に同じ記事です。
- 『Yahooニュース』8月4日 7:05配信 "米運輸省、リニア補助金も撤回 環境調査中止で計画頓挫の可能性"
- 『ロイター』8月3日 10:05更新 米運輸省、リニア補助金も撤回 環境調査中止で計画頓挫の可能性
米運輸省鉄道局の超電導リニア計画の環境影響評価の現状についてのページがあります。
2025年8月1日(現地時間)更新のアメリカ運輸省の鉄道局の「ボルチモア-ワシントン間の超電導リニア事業」(*)のページの内容は以下の通り。
* Baltimore-Washington Superconducting Magnetic Levitation Project
ボルチモア-ワシントン間の超電導リニア事業
提案された超電導リニア計画は、メリーランド州ボルチモアとワシントンD.C.を結ぶ路線の建設と運営を含んでいる。超電導リニアは高速を特徴とする鉄道の技術であり、高架軌道上で磁力で支持される列車が最高時速311マイルで走行する。このシステムは従来の鉄のレールの上を走らせるものではなく、専用の高架軌道を必要とする。超電導リニアのガイドウェイは地下深くではトンネルに地上では高架橋上に敷設される。
メリーランド州運輸局(MDOT)はボルチモア・ワシントン・ラピッド・レイル(BWRR)と連携して、超電導リニアの開発を進めている。連邦鉄道局(FRA)は環境影響評価を行う連邦機関である。
2021年8月、FRA と MDOT は、超電導リニア計画についての環境影響評価書の草稿(DEIS)のパブリックコメント募集期間のあと、環境影響評価の手続きを停止した。停止の目的は、FRA と MDOT が計画の要素の再検討と次の段階の決定ができるようにするためであった。加えて、MDOT は FRA と相談して、環境調査の見直しを続けるための資金について再検討した。
2025年7月31日にFRAは連邦政府官報に通知を提出し、FRAがボルチモア-ワシントン間の超電導リニア計画についての意向通知を撤回する旨、国民に助言した。FRAは、超電導リニア計画の最終版の環境影響評価書の準備作業はもはや実現不可能と判断した。FRAは、超電導リニア計画の代替案は、建設と完成後の運行により、政府機関、政府所有地やそして重要な政府機関のインフラと運営に修復不可能な重大な影響を与える結果となる可能性が高いことを発見した。影響を受ける政府機関との広範な協議により、FRAは、政府機関の運営または連邦機関により管理されている資源に重大な悪影響を直接に与えると判断した。加えて、間接的な影響もまた、重要なインフラとその運営、そして現在行われている使命を明らかに損なうものである。
< 以下、省略 >
「超電導リニア計画の代替案は、…」という部分は、ルートをどこにするかとか、ルートをトンネルとして建設するか、高架部にするかなどを組み合わせて考え得る12通りの代替案について環境に与えるだろう影響を調査して、どれを選ぶべきか、というのがアメリカの環境影響評価のやり方で、さらに、建設しない場合の影響についても調査して、一番影響の少ない計画で建設するか、まったく止めてしまうかということなのです。FRAはその代替案のどれもがダメだと言っていますから、資金があって評価を続けたとしても「建設しない」という選択肢が環境影響評価の結論となる可能性が高かったといえるでしょう。
補足 2025/08/07
愛知県内で配達の『中日新聞』が7日朝刊1面に「米リニア 実現困難 環境評価中止、補助金撤回」という記事を載せました。記事の中で事業主体をノース・イースト・マグレブ社としています。FRAの今回の決定を批判したのは、『CBS NEWS』によれば、ノース・イースト・マグレブ社のウェイン・ロジャーズ社長なんですが、事業主体(建設主体・営業主体)は、ボルチモア・ワシントン・ラピッド・レイル(BWRR)社です。
(補足 2025/08/07) 長野県内で配達されている『中日新聞』も7日1面に掲載しました。
『CBS NEWS』8月4日 "Federal officials pull the plug on grants for high-speed train project in Maryland, citing poor planning, high costs"。
連邦当局、メリーランドの高速鉄道の補助金を取り消す 不十分な計画と高コストが理由
連邦当局者は、ボルチモアとワシントンDC間の高速鉄道計画に資金を提供するはずだった2600万ドル(約38億2700万円)の補助金を取り消した。
米国運輸省(USDOT)のショーン・P・ダフィー長官によると、連邦鉄道局(FRA)は計画の不備、高額な費用、地域住民からの反対を理由に、超電導リニア計画への助成金を取り消すという。
「この計画は、成功させるのに必要なあらゆることを欠いていた。この事業計画には最後までやり遂げるだけの資金がなく、良心に照らして、納税者に負担をしいることはできない」とダフィーは声明で述べている。「われわれは、わくわくするような交通の未来や技術革新を促進する投資の機会を探し続けるつもりだ。」
< 省略 >
2015年、米国運輸省はメリーランド州に、この鉄道計画に対する補助金2800万ドルを交付した。
2016年、北東マグレブ社は、事業計画の費用は約100億ドルから200億ドルで、2026年までに開業すると見積もった。
北東マグレブ社のウェイン・ロジャーズ社長によると、この鉄道はメリーランド州の経済を活発にする可能性をもっており、16万人の雇用を創出するだろうという。
超電導リニア計画、遅延と反対に直面
メリーランド州のラリー・ホーガン前知事と現知事のウェス・ムーア氏は、この計画を強く支持してきた。しかし、一部の州の指導者や住民、特に沿線の住民の反発に直面した。
ムーア知事の支援にもかかわらず、環境影響評価の過程の遅れにより、2021年に計画は失速した。
連邦政府機関への影響
ダフィー氏によれば、超電導リニア計画は事業の遅れとコスト上昇に加えて、連邦政府機関と重要なインフラにも影響をおよぼすだろう。
声明の中で、ダフィー氏は、鉄道局は超電導リニア計画が「国家安全保障機関を含む連邦政府機関と連邦政府の資産に重大で修復不可能な影響を及ぼす」と判断したと述べた。
彼は、次の政府機関が影響を受けるといっている。国家安全保障局、米国防総省およびフォート・ジョージ・G・ミード基地、米国航空宇宙局、米国農務省、米国シークレット・サービス、米国内務省魚類野生生物局および国立公園局、米国労働省など。
ダフィー氏は、補助金の取り消しによって、米国での磁気浮上技術(MAGLEV technology *)の導入が妨げられるわけではないと明言した。
「ボルチモア-ワシントン間の超電導リニア計画」を意味する語句については、「超電導リニア」としました。この最後の部分の「磁気浮上技術」には超電導リニアも常電導方式(トランスラピッドやリニモなど)も含まれ、一般論として、優れたリーズナブルで実用的なシステムであるなら、将来にわたって、磁気浮上式鉄道の導入は、今回の補助金の取り消しとなった計画とは別の問題なので、今回の問題とは別だといっているだけのことでしょう。現実問題としては、まず、あり得ないとは思いますが…
(補足 2025/08/07)『ワシントンポスト』8月1日 "Plans for D.C.-New York high-speed maglev train are dead for now" は、次のようなことも書いています。
沿線の議員や住民たちは、この計画の費用は混乱に見合わないと長年主張してきた。プリンスジョージ郡の州議会議員団は、この決定を称賛する声明を発表し、「地域社会と選出された指導者たちの執拗かつ一致団結した反対運動の結果」と評した。
連邦政府にも懸念があった。鉄道のルートは住宅地だけでなく、野生生物保護区や世界最大の農業研究施設にも影響を及ぼし、シークレットサービスとNASAの施設にも影響を及ぼすからだ。連邦政府は金曜日に公表した州当局への通知の中で、「この計画は提案どおりには実現不可能」であり、「重大な悪影響」があると述べた。
…
ニューヨーク大学の交通研究者、エリック・ゴールドウィン氏は、リニアモーターカーは「移動速度が速く、メンテナンスコストが低く、信頼性が高い」上に、「車輪やブレーキがきしんだり摩耗したりすることがないため、騒音も少ない」と述べている。しかし、「そのメリットはすべて主に理論上のものだ」と指摘する。なぜなら、実際に建設された路線はごくわずかであり、「同時に、従来方式の鉄道はますます高速化している」からだ。
「ニューヨーク大学の交通研究者、エリック・ゴールドウィン氏」の指摘は、結局、超電導、常電導を問わず、磁気浮上方式は実績がなく、鉄輪方式の従来の鉄道の方が優れているという意味ですね。(参考:生き残るのは鉄道)
ほかに、『Newsweek』8月3日 "US Abandons Maglev Train Plans as China Rapidly Develops Technology"、『foxbaltimore.com(FOX45NEWS)』8月1日 "Trump administration cancels Maglev funding, citing cost overruns and no viable path" などもあります。が、7日現在、日本では、ロイターの記事以外では『中日』だけです。
(2025/08/09 追記) 『Maryland Matters』8月1日 "Maryland’s high-speed maglev train project is not happening" には、FRA が MDOT に送った書簡の原文のコピーなどがあります。
これらの記事を読んでると、結局、金がかかり過ぎるという点が大きいと思いますが、一方で、FRA などは、今回はボツだけれど、今後もずっと磁気浮上式鉄道を採用しないというわけではないともいっているようです。しかし、費用の問題を重視していることからいって、超電導リニアのコストが従来の鉄のレールを使う鉄道と同じぐらいの、建設費や維持費で済むようにならないと、やっぱり鉄道的な交通の技術としては採用されないと思います。それは日本でも同じだと思います。
建設主体のボルチモア・ワシントン・ラピッド・レイル(BWRR)社 が、リニアができれば、自動車による移動が減るので環境負荷が減るみたいなことをいって来たようですが、そういう環境の視点からすれば、現在ある鉄道施設の改良や増設でまにあうと思います。日本の場合は飛行機からリニアにお客が移るので環境に良いとJR東海はいっていますが、環境のことを考えたら鉄道で十分ですね。
アメリカにリニアを建設するという「話」は、品川-名古屋間のリニア建設を宣伝するためだという意見もあります(リニアをアメリカに売り込む本当の理由とは?)。だとすれば、日本のマスコミがなかなか取り上げないことも納得できます。でもJR東海のおひざもとの『中日新聞』が、なぜか報道してしまったようです。「『のぞみ』が遅いと思う人は、どれぐらいいるのか…もっと速い電車へのニーズは、どこにあるのだろうね」、「リニアはつまらない」といっている石破首相がなかなか辞めそうにないからでしょうか…。
それから、FRA だとか MDOT やそのほか、アメリカの人たちが、日本の超電導リニア計画について、JR東海の一方的な宣伝を信じていると思えず、超電導リニアのアイデアの元祖がアメリカであって、アメリカも研究はしたけれど開発はしなかったという経緯からすれば、さらに、80年代からアメリカの磁気浮上式鉄道構想で超電導方式と比べたうえで常電導方式のトランスラピッド方式が選ばれてきた事情を考えあわせて(*)、超電導リニアの走行技術の開発状況について気にならないはずはなく、カギになる超電導磁石の開発が完全に終わっていない状況(高温超伝導磁石の採用の問題)をみれば、いろいろと心配になることは納得できるような気がします。
* 参考:「リニアを見据えては砂上の空論 絶対に無視できない超電導リニアの問題点 日本のリニアははるかに優秀 石原運輸大臣」
その点では、宣伝のつもりの「アメリカのリニア」の「失敗」が「日本のリニア」の命取りになるかも知れません。
(補足 2025/08/10) JR東海の反応
長野県南部で読める報道で、9日時点で、アメリカの超電導リニア計画の失敗を伝えた記事は以下の通りだろうと思います。
- (1)『ロイター』8月3日 10:05更新 "米運輸省、リニア補助金も撤回 環境調査中止で計画頓挫の可能性"
= 『Yahooニュース』8月4日 7:05配信 "米運輸省、リニア補助金も撤回 環境調査中止で計画頓挫の可能性" - (2)『中日新聞』7日 "米リニア 実現困難 環境評価中止、補助金撤回"
- (3) 7日のJR東海社長の会見の記事:『日経』8月7日19時01分 "新幹線荷物輸送、東京―博多5時間で 東海道・山陽直通サービス"
(3) は7日の丹羽社長の会見の記事。超電導リニアの海外展開に言及し、米北東部の超電導リニア計画の失敗について丹羽社長が「『大変残念と感じている』と述べた」と書いています。しかし、『信毎』8日8面 "R東海、新幹線で当日輸送サービス" や、『日経』紙面 8日13面 "東海道・山陽新幹線で荷物輸送" にはこの部分はありません。
参考
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